2016年11月19日 (土)

2016・4月 松山(2日目・その1)

05:45 PM

松山城へは徒歩で。ロープウエイ・リフトもあるが、そんなに高いところにあるわけではないので、ここは出来るだけ歩いて行くのがオススメ。高いところにあるもの、遠いところにあるもの、理由がない場合は歩いて行った方がそこに行く実感を覚えられる。思えば、ロンシャンの礼拝堂に行った時も最寄駅から歩いて行ったので、巡礼にも似た気持ちが味わえたし。反対に会津の飯盛山で割引券があるからとエスカレーターに乗ったのは大失敗であった。歩かれる場合は歩いて行った方が絶対に良い。
松山城の歩いて登るコースに人は少ない。その分、道や景色がゆっくり楽しめる。一旦登ると、視界が開けて、美しい松山の風景を見ることができる。場内には多くの人が。みんなロープウェイで上がるんだな。四国にはそのまま残る天守が多く、松山城もその一つ。石垣が見事で連立式の城が美しい。
その後、売店でみかんソフトクリームを食べて、球場へ向かった。
松山市駅まで市電で行き、坊ちゃんスタジアム直行のバスに乗る。試合開始時間が迫っていたので急いで球場に向かう。入り口でプレゼントのスワローズユニフォームを受け取る。この日の席は1塁側ネット裏1列目! 1列目で観るのは初めてなので感激。対横浜DeNA戦。先発投手は石川投手。終盤は外国人投手リレーでスワローズの勝利。ヒロインも近い!天気も良く、スワローズも勝って気分良し。この日の昼食は球場の売店で購入した軽食。
試合後に選手をちょっぴりお見送りして、家人はJRで、ワタシはバスで松山市内に戻り市電で松山駅まで。この時、市電で偶然乗り合わせた女性と会話。その方の同僚さんも試合に行きたかったが都合がつかず行かれなかった。家族にユニフォームだけでも入手しに行って欲しいと懇願したが断られたとのこと。今思えば、この方に翌日も行くからユニフォームを譲ってあげられるかもと提案すれば良かったと後悔。ホテルにチェックイン。
この日のお風呂は道後温泉でと決めていたので、家人と道後温泉本館へ。商店街をぶらぶらしてから行ってみた。霊の湯三階個室にしようと思ったが、空いていなかったので、霊の湯二階席へ。貴重品とか脱いだものはどうするのかと思っていたが、スタッフの皆さんが常に気を配られているし、貴重品はお風呂のロッカーに入れられるようになっている。浴衣を持って霊の湯へ。ちょっと小さな湯船ではあるが、人も多くなく、お湯もきれいで大変気持ちが良い。道後に来たらやはり温泉には入らなければいけないなという気持ちになるようなお湯。湯船に入る前に体を洗うだけで、お肌がつるつるして気持ち良いのが分かる。
その後、神の湯にも入られるというので、スタッフの案内に従って、一階の神の湯へ。こちらは気軽に銭湯感覚で入られるので人も多い。中央に大きな湯船があり面白い造り。が…、先ほどの霊の湯で感じたお肌つるつるの気持ち良さがこのお湯に入ることで残念ながら失われてしまった。欲張らずに霊の湯だけにしておけば良かったと後悔。次回は霊の湯だけをゆっくり楽しむぞと即座に決意。
お風呂の後におせんべいとお茶で休憩。最後には又新殿や坊ちゃんの間を見学。その時に本日の試合で貰えるスワローズのユニフォームが上着の下にチラ見させている男性がいたので声を掛けてみると、大阪から来たとのこと。せっかくなのでその後の食事に誘った。本館でお土産にみかん石鹸を購入し、道後温泉の上にいるサギや手すりなどに刻まれた湯の玉を外から観察。本館に入る前には何故屋根に取りの飾りがあるのかと思っていたが、館内見学の際に道後温泉を見つけたのがサギだったと知り、大変勉強になった。
3人で市電に乗り、郷土料理お「五志喜」へ。媛会食を奮発。量が多いから食べられるかなと思いつつ、とてもおいしかったので結局みんな食べてしまった。次回もここに来てしまいそう。
食事を共にした男性H氏も松山駅近くのホテルということだったので一緒に帰ることに。気がつけば、もう市電がなくなっていたので、徒歩で帰ることにした。十分歩ける距離であるし、城内を通ることで、これまた松山の土地を堪能することができた。途中でデザートなども購入。H氏とも別れてそれぞれのお宿へ。
今日も楽しかったな。

2016年11月14日 (月)

2016・4月 松山(1日目から翌朝)

11:09 PM

記念すべき2015年5月22日(金)からファンになったヤクルトスワローズの試合を観に松山に遠征。
行きは大阪南港からフェリーで。一度、瀬戸内海を行くフェリーに乗ってみたかったのだ。特に明石大橋の下をくぐってみたかった。夜行なので景色は良く見えないが、明石大橋をくぐるのはそれはそれは面白かった。橋をくぐる時、ちょっと遠近感がなくなったような、ちょっと乗り物酔いしたような感覚になった。フェリーは一番安いものを取ったので大部屋。若い時、下関ー釜山をフェリーで行ったこともある。その時は良く眠れたので問題ないと思っていたが、このフェリーは小さいのかエンジン音が大きく、ほぼ眠ることが出来なかった。もう、このフェリーに乗ることはないかもしれない。。
フェリーは朝方、今治に到着。前もって松山へのバスを予約しておいたので、フェリー料金はちょっとお安め。バスで松山に向かう途中で「マルフク」の看板が多数出てきた。家人にとっては写真の撮りがいがあるだろうな。
我々が取ったホテルは松山駅付近。その近くに「マルフク」の大看板を屋上に掲げたビルを発見。こんな大きい「マルフク」は見たことがなかった。ホテルに荷物を置かせてもらって、お隣の喫茶店でモーニング。我々がちょうど喫茶店に入ろうとした時に救急車で運ばれるお客さんに遭遇しちょっとびっくり。ワタシは駅で伊予鉄乗り放題パス二日分を購入し、まずは松山城へ。(家人はワタシより1日長く愛媛に滞在するので、別のパス)

2013年07月07日 (日)

2013・6月 タイ訪問(1日目)

我が家から関空までは電車1本で行ける。ほぼ座れるのでとても便利だ。今回、海外旅行保険はクレジットカードに付いているサービスを利用。だが、その条件として旅の費用をカードで支払うというものがあった。そこで、関空までの JR の交通費をカードで購入。電車がやって来たが、ホームで急停止してしまった。先にある信号が何らかの理由で赤になった情報が入ったというのだ。一瞬焦るも、電車は数分止まっただけで問題なく乗ることができた。
チェックインを済ませ、お土産を少し買い足す。関空での出国審査後はお店などが楽しくない。スワンナプームなど出国後もとても楽しいのに。
機内食など食べ、ちょうど観たかった映画「最強の二人」を観たり、ゲームをしたりして5時間半。JAL は座席が比較的狭いと思っていたが、やはり LCC に比べると広い。サバーイだな。 タイの上空に着くと、そこは雷雨だった。稲光もしている。上空で待機命令が出たようで着陸が遅くなった。
荷物も受け取り、電車で市内に向かう。暫く行かなかった間にエアポートリンクなる電車が出来ていて、15〜25分間程度で安価で市内に出られるようになっている。便利だなー。タクシー会社はあがったりだなー。今回はお母さんの次男がマッカサン駅まで迎えに来てくれることになっていた。空港の標識に沿って電車の乗り口に向かう。駅案内のお兄さんがどこに行くのか聞かれたので、マッカサン駅というと、こちらだと教えてくれる。チケットを購入し、お母さんの家に空港についた電話をする。が、掛けようとした公衆電話が繋がらない。知らない間に電話の掛け方が変わったのかしらと、先ほどの駅案内のお兄さんに尋ねてみると、代わって掛けてみてくれた。やはり、繋がらない。お兄さん曰く、雨が降ったから繋がらないかもと。うむ...、お兄さんにお礼を言って、そこは諦め別の場所の電話で掛けてみると普通に繋がった。あの電話機が調子悪かっただけなのね。それにしても、ワタシも48歳になり、分からないことがあれば、すぐ訊いてみるという行動に出られるようになりましたなぁ。昔はなかなか出来なかったけれど。歳を取るということは楽しいね。
電車に乗ろうとホームに行く。急行に乗ろうとしたが、どうやらそこは各駅停車しか来ないみたいだった。間違えたかなと思いつつ、仕方ないのでそのまま乗車。各駅停車でも市内まで20分くらいで、信じられないサバーイさだ。ドーンムアンからバスで市内に行っていた頃が懐かしいなぁ。マッカサン駅で降りると、とても広い駅で、どこで待って良いか分からない。適当に歩いていると、駅のおじさんがどこに行くのと話しかけてきた。迎えに来てくれる人がいるのと答えると、それなら3階の××出口付近にいると電話で伝えなさいと教えてくれる。あぁ、親切だなぁ。3階に行くと、タクシーのお兄さんが同様に訊いてくる。同様に答えると、それならこの辺の椅子に座って待ってると良いよと言ってくれる。あぁ、親切だなぁ。友達の携帯に3階の××出口にいると電話する。数分後、友達がお母さんとやって来てくれた。6年振りの再開。久し振りだけれど、そうではないような。そうでないけれど、久し振りのような。兎に角会えてとても嬉しい。
お母さんの家近くに出来たホテルに向かう。今回はスイートなる部屋を取った。けれど、1泊1300バーツで、近年のバンコクの物価からすればとてもお得に思える。リビングもキッチンもある。持て余しそうな広さ。お母さん達と軽く部屋でお話。お母さんは6年振りだなんて今までで一番久し振りじゃない。今度からは2年に1回ね。私も72歳だから6年も開くと、次いるかどうか分からないなんて自分で言う。そうなのだ。バンコクはお母さん達に会いに帰省する感覚なのだ。タイにはもはや旅行の感覚はなくて、帰省のような「訪問」なのだ。
お母さん達が帰った後、ちょっとお腹が空いたので、近くのセブンにお買い物に行った。明日は早朝からメークローンに行くために早起きしなければならない。タイに来ましたな。お休みなさい。

2013年06月15日 (土)

2013・6月 タイ訪問(行く前に)

後で考えてみると、前回タイに行ったのは6年も前のことだった。タイのお母さん達も70歳は過ぎているので、たまには会いに行かなければ心配である。今年は久々にタイに行くぞ!とずっと決めていたのだった。飛行機を調べてみると、JAL の2・3・2という座席並びが我々には適していた。値段もまあまあ。出発時間等も良い感じ。金曜日〜火曜日朝帰りという日程で4月中旬出発で予約した。が、行く数日前に家人の仕事が終わりそうになく、そのストレスのために逆流性食道炎になってしまい、予定を延期することにした。チケットの取消料金は一人2万円だったが、燃料費が安くなっていたので、そこまでしないで済んだ。
新たに予約したのは5月末。タイの友人から頼まれたものやお土産など買い揃えてタイに向かった。

2011・12月 台湾旅行(反省会)

2013年のタイ訪問を備忘録(ブログ)に書こうとしたら、台湾旅行の反省会が出てきたので、置いておく。それにしても、「備忘録」と「ブログ」は語感が似ているな。これは「備忘録」だけれど。
そしてこの反省会後、ワタシの台湾への興味は増すばかりで、台湾に関する本、台湾原住民についての本、映画などずっと触れている。映画「悲情城市」は家人が DVD を購入し観た。中国語も割と真面目に取り組んでいる。1年以上経った今思うに、総統府にて遭遇した団体客の後ろに付いて入っていたら、どうなっていたかなと想像したりする。台湾原住民の考えに思いもよらず触れたりできたかもしれない。たった2泊の台湾旅行はとても大きいものを与えてくれた旅であった。

 * * * * *

今回、二日とも万歩計を装着して歩いていた。次がその結果。

一日目;13,787 歩
二日目;23,477 歩

二日目は随分歩いたが、それでも少ない様に感じる。毎日、万歩も歩くのはなかなか難しいことですな。

1)台湾の歴史をもっともっと知るべきであった
ざっとは知っているつもりであったけれど、ちゃんと詳しく知らないことが分かった。二二八事件さえも知らなかったという恥ずかしい限りである。帰ってからまずはネットでいろいろ読んでみたが、様々な疑問が次々に出てきた。もっと台湾のことを知りたくなった。これからもっとちゃんと勉強しようと思う。

2)チベットへの募金をもっとしたかった
よく考えたら日本円でも問題なかったはずなので、もっと募金をすれば良かったと後悔している。日本ではチベットに対する中国政府への抗議活動は北京五輪以降余り聞いていない。あったとしても日本のマスコミは報道しない。何とか中国からチベット(チベット以外にもモンゴルや東トルキスタンも)を守りたい気持ちは多くの人が持っていると思う。どうしていくべきか分からないが、台湾ではちゃんと行動されている。日本よりもずっとずっと意識が高い。この好機にもっと募金すれば良かったと後悔が大きい。

3)「悲情城市」を行く前に見なかった
後で見たのだけれど、行く前に見ていたら、歴史の面でも見る目が違ったであろうし、九份での感慨も違ったと思う。後から見た映画で出てきた九份の町のシーンは様子が随分違っている。昔ながらの炭坑の町の様相があった。

4)余り食べられなかった
これは歳のせいか余り食べることが出来なかった。歳を取ると、お腹が空いた!と思っていても案外量が食べられないことが分かってきた。台湾でも同様の症状に気がついた。九份で良く見た肉圓。中にはお肉が入っていて透明のデンプンで包まれている。一見クラゲの様にも見え、興味はあったものの結局食べなかった。残念。臭豆腐。人が臭いというものも結構おいしいと思う我々なので食べてみたかったが、思う以上に量が多い。万が一食べられなかったら悪いので、手が出なかったが、やはり食べてみれば良かった。残念。今では日本のものは殆ど見なくなったヌガー。台湾もヌガー天国なのでもっと沢山買っておけば良かった。
食べ物だけでなく、購買意欲も年齢と共に少なくなる。以前は訪れた国の雑誌や本、CD など色々買ったものだが、年齢も多くなると少なくなってきた。


反省会ではあるが、台湾に初めて行ってみて大きく感銘を受けた。台湾の人々はとても親切なのだ。マナーも良い。トイレにはちゃんと並ぶし、エスカレーターも我先にということなくゆったりと乗り込む。電車内では携帯電話は可だが、ちゃんと小声で話して他の乗客が不快に思うことは決してない。呼び込みもあるけれど、しつこくなく、和やかに終わる。チベットの為の募金活動にも出会ったが、他にも様々な集会を見た。助け合う感覚がごく普通にあることを感じた。親切にしましょうというのではなく、普通に基本に意識しないところにあるような感じ。東日本大震災で台湾からの義援金が一番大きかったのも本当に良く理解出来た。台湾に行って、もっと良い人にならなければならないと反省さえした。心が洗われた3日間だった。

2012年03月11日 (日)

2011・12月 台湾旅行(三日目)

今日は早くも台湾最終日。当たり前だけれど、あっと言う間でしたな。この日も朝食は前日と同じ「世界豆漿大王」へ。今日はちゃんと黒糖の饅頭が出てきた。これもぷにぷにでたまらなくおいしい。日本に持って帰りたくなる。豆乳に油條。やはりこの組み合わせはおいしいなぁ。他にも家人が所望した大根餅。家人は大根餅も大好きだ。ワタシは大根餅はこれがもしかすると初めてだったかもしれない。今日もにっこり「謝謝」でお店を出る。帰りにまたしても「新東陽」に立ち寄ってお菓子など購入。今回、時間がなくてスーパーマーケットに行くことができなかったので、新東陽は大いに役立った。その後ホテルでもちょっぴり朝食を食べる。昨日とはおかずが違って嬉しくなる。
ホテルの近くに古い民家が一軒ある。木々に囲まれたこぢんまりした家だが、趣があって良い。他にも観察してみると、立派な木があるところは古い家があることに気がつく。木を目印に台北の町を歩いてみるのも面白いかもしれない。
もう空港に行かなければならない。ホテルでチェックアウトの際にバス乗り場を尋ねる。すぐ近くのザ・リージェントのすぐ前に空港行きのバスが来るそうだ。発車時間まで見てくださると、今出たところだった。が、我々はバス停までひとまず行ってみることにした。このホテルは空調もちょっと賑やかだったけれども、スタッフがみんな親切な人ばかりでとても気持ち良く過ごすことができた。バス停に行き暫くするとバスがやって来た。時刻はそんなに関係なかったような。高速を使わず一般道を行くので料金は確か92元くらいだっただろうか。これまたおつりはないので今回は二人でぴったりにして出す。時間は掛かるが一般道だけに景色を見ることができて楽しい。途中、空港で働いているらしき人も乗ってくる。空港までは案外長閑な町並みだ。第一ターミナルに着くと、運転手さんが指で「1」と教えて下さった。「謝謝」これまた気持ち良く降りる。
ジェットスター航空でチェックインする。我々の荷物が少ないからか、重さのチェックもない。ワタシはお菓子などいろいろ購入したので随分重くなったと感じていたのだが、閉まっているカウンターで勝手に重量チェックをしたら、2キロちょっとしか増えていなかった。若干がっかり。
入国審査を終えて搭乗時間までまずは台湾観光局で貰ったお土産クーポンを使う。場所が分からなかったので案内で尋ねる。ここで初めて「〜在な(口偏に那)里(どこですか)」を使ってみる。街中で数回耳にしたのでここぞとばかりに使う。うむ、ばっちり通じた♪ 言語はこの位の段階が一番楽しいかもしれない。我々が貰ったのはパイナップルケーキ(のつもりだった。帰って開けてみると、乾燥パイナップルだった)。そして、昼食。ワタシは勿論「牛肉麺」。家人は何かの麺類。台湾、三回目の牛肉麺。お味は空港で食べる食事の味ですな。九份で食べたものが一番おいしかった。
無事飛行機に搭乗して帰国。あっと言う間だったけれど、いろいろ行ったな。週末海外旅行もなかなか面白かった。台湾、韓国なら週末にちらっと行くのも今後ありですな。台湾の人々はとても親切でマナーは日本人よりずっと良いと思う。道徳心も同様。短かったけれど、いろいろ思う、いろいろ教えられる3日間だった。また、行きたいな。
あとは恒例の反省会。

2012年02月20日 (月)

2011・12月 台湾旅行(二日目・その3)

台北に着いてバスを降りる。家人が買ったお餅の箱を置きにまずはホテルに。トイレを済ませてすぐに外出。そういえば、台湾ではトイレに困らなかった。フランスではあんなに困って、常にトイレの有無、そのトイレは有料か無料かを見ていたし、多くの公共トイレは清潔とは言い難かった。が、台湾のトイレ事情はほぼ日本と同じで、とても清潔だ。列にも整然と並び気持ちが良い。
ホテル近くの「台北之家」に行く。ここは1979年まではアメリカ大使館だったそうだが、その後放置され荒れ放題だったところを、台北市と「悲情城市」で有名な映画監督、侯考賢が今の「台北之家」にしたのだとか。中にはカフェやシアター、ギャラリー、ショップなどがある。我々はギャラリーに寄り、ショップをうろうろ。家人はショップで楊仮擦離哀奪困鮹気靴燭蝓⇒仮擦亮命燭鮓つけては喜んでいた。台北之家を出てみると、その近所には幾つかカフェがあることに気づく。ちょっとオサレなカフェだ。台北も大通りを少し入ると、木々もあり、静かで落ち着いている。後から思うに、台北之家はバーなど遅くまでやっているので、普段そんなお酒を飲むところには縁のない我々だが、夕飯後に行っても良かったかなと思う。
その次は夕食。今回は何故か夜市に拘ってしまった。地下鉄で劍潭駅まで行き、台北最大という士林夜市の美食廣場へ。トイレに困るとイケナイので、駅で済ませておく。ここは他の駅より人が大分多かったが、勿論ここでもトイレは皆さん整然と待っている。
美食廣場は恐らく「マヨブラジオ」の全メンバーも行ったところだ。一通り見て歩いて、お互いに食べたいものがあったところに入る。お店の人も誘導が親切だ。オーダーも程良く取りに来てくれる。ワタシはお昼に続いて、本日二度目の牛肉麺。かなり気に入った。家人は魯肉飯に油そばのような素麺。本当は角煮の東披肉を食べたかったようなのだが、見つからず断念。似たような魯肉飯をオーダー。さて、お味は。牛肉麺はお昼に九份で食べたものの方がおいしかった。牛肉も硬く、麺も好みではなかった。家人はというと、魯肉飯は良かったようだが、油っぽい素麺はちょっと苦手であったようだ。食後のお会計もすぐにしてくれて、出るときも「謝謝」と丁寧だ。この辺は味が今一つでも気持ち良い。
その後、またしてもヌガーを発見して購入。このお店ではもう店じまいだからと余ったパパイヤを分けてくれた。
最後にデザートということで、家人は珍珠奶茶。ワタシは「マヨブラジオ」でも食べていたピーナッツ味のかき氷。このピーナッツかき氷が食べてみたかったのだ。甘くないけれど、ピーナッツのコクがあっておいしい。夜市でなければ、もっと濃い味のものが食べられるかもしれない。夜市の食べ物は味が控えめのように思う。家人の珍珠奶茶もコクが足りないというより、ない。家人はどうにも残念な様子。
士林夜市には雑貨や服などの沢山のお店があるようなのだが、そんなに興味がなかったので、帰ることに。ホテルに帰るまでに「新東陽」にてお土産など購入。台湾の豚の田麩もあり試食してみるが、これはタイやベトナムのものの方がおいしく、ちょっと癖があったので、お兄さんに「ごめんなさい」と中国語で謝る。この時、本来「不要」と言うべきところを「没有」と言ってしまったが分かって貰えた。その後、家人はあるものが買いたいという。それは珍珠奶茶であった。昨夜も行ったがタピオカが無くなって売り切れだったというジュース屋さんにもう一度挑戦。今回は購入できたので家人は嬉しそうである。味も夜市のものよりずっとコクがあり、確かにおいしい。ワタシは珍珠奶茶は日本でも簡単に飲めるなと、家人と別れ一人でコンビニに行って物色する。心引かれたのはパパイヤ牛乳。後で知ったのだが、台湾では人気の飲み物でジュース屋さんでも人気だという。ホテルに帰って飲んでみると、これまたおいしい。今度はジュース屋さんで飲んでみたいな。
この日も日本から持ってきた入浴剤でお風呂に入り、厚着をして就寝。今日はいろいろ行ったな。お休みなさい。

2012年02月05日 (日)

2011・12月 台湾旅行(二日目・その2)

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その後の予定は映画「悲情城市」や「千と千尋の神隠し」でも有名な九份へ。
こちらも「マヨブラジオ」で小杉班が訪れていてとても楽しそうであったので、我々も行こうと決めたのだ。

111203_1215_bus.jpgまずは地下鉄で忠孝復興駅まで行き、1番出口近くのバス停からバスに乗る。バス停には長蛇の列があり、タクシーを斡旋していると思われるお兄さんがバスに乗る人の整理もしている。台北の人にとっても九份は観光地なのだな。バスはすぐに来たが我々の少し前で座席が一杯になったので、次の便を待つことにする。その間にもバスを待つ列はどんどん長くなっていく。日本人も多い。中には余りの長蛇に驚いてタクシーに乗る人もいた。次のバスは20分くらいでやってきた。バス料金は乗車時に払うパターンで、102元。しかし、お金を払おうとするとおつりがないとのこと。我々は小銭がぴったりなかったので、少々多めにお支払い。座席はすぐに満員になりバスは出発。

111203_1331_bus.jpg台北の街を抜けて、高速に入った。高速を出るとすぐに長閑な山の風景が目に入ってくる。山の豊かな緑と湿った感じの空気で色がとても美しい。そのうちに街に出て、地元の人々がバス停で乗り込んできた。座席が一杯なので地元の人は立つしかない。土日は地元の人にとって座れない日でありそうだ。途中には「十分瀑布」という看板も見える。あぁ、ここも「マヨブラジオ」小杉班は行っていたな。ここにも行きたいけれど、時間がないなと思いつつ通り過ぎる。九份も近くなるとくねくねした道になってきた。山肌にはお墓がたくさん見える。

111203_1337_view.jpg台北から約1時間で九份に到着。一番便利の良いバス停で殆どの人が降りるので付いて降りると問題がない。バス停からすぐの所に展望台のようなものがある。そこで風景を撮ったり、家人はレンズ交換したりしている。それにしても寒い。台北より更に寒い。台湾は寒くないと思っていたのだが、反してとても寒く、家と空港間の防寒のために来ていた薄手のダウンコートでも寒いくらいであった。

111203_1341_taxi.jpg展望台から降りていよいよ基山街へ。ここは狭い屋根付きの商店街のようなものでいろいろなお土産物屋さんや食べ物屋さんなどが無数に並んでいる。狭い道に人が一杯だ。すぐに「マヨブラジオ」でも食べていた「雪菓禮盒」なるお餅を発見。マンゴーやベリー、黒糖など色々な味がある。一つ35元。ひとまずマンゴー味を購入して食べてみる。冷たくて中にはマンゴーを生クリームと合わせたようなクリームが入っていてとてもおいしい。どんどん歩いていく。石鹸屋さん「阿原」を発見。最近、良い石鹸に凝っている我々。気に入ったものを一つずつ購入。こちらはカードでも日本円でも支払いが可能だ。お店の女の子がゆっくりと計算してくれる様子が何とも可愛らしい。ワタシはハイビスカスを購入。一つ190元。後で調べてみると台北市内どころかアジアや日本でもこちらの石鹸は販売されている様子。勿論、台湾で買った方が半分くらいお安い。もう少し買っておいても良かったな。

111203_1404_okarina.jpg基三街には魅力的なお店が沢山並んでいる。時間があればゆっくり見てみたいが、この人の波ではそこでゆっくり歩くなんて出来そうにもない。「マヨブラジオ」でロッシーがオカリナを購入したお店も発見。あるお店で試飲した生姜のお茶を家人は購入。そして、草のお餅も家人は購入して食べてみる。家人はお餅が大好きだ。うろうろしながら昼食になるものも見ていたのだが、なかなか決められない。途中トイレにも立ち寄るが、駅のトイレなどどこでも台湾の人はちゃんと列を作ってマナー良く待つので気持ちが良い。トイレもきれいだ。

111203_1411_lunch.jpg一旦基三街が終わったところで見晴らしの良い所に出た。高いところから見る海の眺めも美しい。
本気で昼食を取ることにしたが、気になった所は基三街の中腹のちょっと階段を下ったところ。頑張ってそこまで戻ることにした。そのお店にはご飯ものや麺類などがあり、ワタシが「牛肉麺」を食べてみたかったのだ。家人は炒飯。やって来た牛肉麺は八角の香りがした。あぁ、昨夜、夜市で散々探した八角の香りはこの牛肉麺だったのだとようやく分かった。さて、味は、うむ、おいしい。ちょっと濃厚なスープに煮込んだ牛肉。ウコンも入っているような味だが、さてどうだろう。家人に炒飯も極めておいしいと言う。お店の人も感じが良くて、とてもおいしい昼食を取ることができた。

111203_1520_amei.jpg次は映画「悲情城市」でも有名な賢崎路の階段へ。
この階段にも人が一杯なのだが、後で人がいない写真を見たら、どうにも寂しい。ここは人が沢山いるから良いのだな。この階段の中腹にある「阿妹茶酒館」で台湾のお茶を頂くことに。「マヨブラジオ」では屋外テラスの眺望の良い席だったが、我々は残念ながら窓側の席にはならなかった。

お店の方にお茶の説明を頂き、「金萱茶」というミルクの香りのするお茶と「雪花糕」というココナッツゼリーみたいなものを注文した。お茶の入れ方はお店の方が教えて下さる。飲むよりも先に香りだけを楽しむ行程があり、その為だけの細長い茶器もある。この上ない良い香りがする。いつまででも嗅いでいたい。

111203_1525_tea.jpg台湾ではこんなに優雅にお茶を楽しむのだと知り心から感心。お茶もとてもおいしい。ココナッツゼリーも甘さがほのかでお茶にも良く合いおいしい。サービスの干し梅も甘くておしいい。が、それ以上にお茶が本当に香しい。飲むよりも香りを楽しむものなのかもしれない。その香りだけでふんわりと癒されて極上の気分になる、そんな贅沢な楽しみ方だ。それまで中国茶は特に良いと思ったことがなかったのだが、ここ台湾にて台湾茶の地位がぐんと一気に上がった。こちらのお店はカードはダメであったが、日本円は大丈夫。しかし、計算に戸惑われていて、結局は台湾ドルでお支払い。帰りにはお店の絵はがきもお土産に下さった。因みに余った茶葉はお持ち帰りにできる。

夕方になりそろそろ台北に帰るとする。途中、最初に食べた「雪菓禮盒」のお餅を家人が一箱買って帰るという。自分の好みでお餅を組み合わせることができる。これまた後で知ったのだが、台北にも同様のお店があるらしい。ワタシはヌガーを購入。日本では昨今ヌガーをすっかり見かけなくなった。台湾では人気のお菓子だ。フランスでもヌガーはおいしかったし、台湾でもおいしかった。日本でも独自にもっと作ってくれないかなぁ。バス停に向かうが、こちらでも長蛇の列。しかし、バスは数分おきに来るので心配しなくても座って帰ることが出来る。帰り道、振り返ると灯りが点った九份の町並みが叙情的で美しい。まるで夢の世界のような町だな。

2012年01月21日 (土)

2011・12月 台湾旅行(二日目・その1)

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111203_0824_breakfast.jpgまずは朝ご飯。ホテルには朝食も付いていたけれど、せっかく台湾にいるのだから外で食べたい。ホテルの近くにある「世界豆漿大王」なるお店に行ってみた。
ここでは中国らしい朝食を取ることができる。ワタシが食べたかったのは黒糖の饅頭に甘い豆乳、そして油條。実はこういうものはタイにも勿論あるのだけれど、タイでは豆乳くらいしか食べたことがなく、油條(タイ語でパートンコー)を朝食に食べたかったのだ。このお店の奥さんは簡単な日本語は分かるので注文も日本語でできる。饅頭は何故かカスタード入りが出てきたけれど、これもおいしそうなのでそのままいただく。
111203_0835_breakfast.jpg豆乳はタイのものの方が滑らかでおいしいかもしれない。が、油條とはやはり合う。饅頭は蒸しパンのような感じだが、中華まんの皮だけみたいな感じで、ぷにぷにした食感がまた良い。奥さんはとても気さくで気持ち良く店を出た。

泊まっているホテルのコーヒーはおいしいという噂なので、食後のコーヒーだけと思い、ホテルのレストランに行く。すると、ホテルのバイキング式朝食はお粥であった。そのおかずもおいしそうだし、少しだけお粥も食べることにした。うむ、おいしい。ホテルのバイキングには何一つ期待していなかったので、嬉しい誤算であった。コーヒーも評判通りおいしい。ホテルでの朝食も済ませレストランを出ようとすると、お店の男性がワタシが忘れた上着を何ともスマートに持ってきて下さった。そのさり気なさは溜息が出るほどで、朝から台湾人のスマートな親切さに感心してしまった。

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さて、今日は観光だ。まずは蒋介石を記念した中正記念堂(1980年完成・公式サイト)へ。記念堂は実際に歩いてみるととても大きなものであった。入り口には衛兵(儀仗隊)が二人微動だにせず立っている。もの凄く訓練されているのだなとこれまたとても感心する。暑い日など大変だろうなと思う。また、やはり中にはイタズラをやりたがる観光客もいるだろうから、その精神の強さは並大抵のものではないのだろうな。

記念堂の反対にある門(大忠門)の更に外では、最近増えているチベット僧の焼身自殺にあるような中国政府の弾圧に抗議する、台湾学生による募金運動が行われていた。僅かばかりの募金をした。チベットに対する中国政府の弾圧に対する抗議活動など日本では殆ど見ない。北京五輪前の聖火リレーでは見られたものの、その後、抗議のチベット僧焼身自殺のニュースもそんなに大きくは取り上げられない。日本は本当におかしい。が、台湾はこうしてちゃんと抗議している。意識が高い。台湾の方がずっとちゃんとしている。そう思った。

111203_1108_sotoku.jpgその後は歩いて総統府(1919年完成・公式サイト)へ。ここに行く途中にも集会が行われていた。はっきり内容は分からなかったが、何かに抗議するようなものだった。総統府はこの日特別公開日だったようで、予約なしでも入ることが出来たようだ。表で写真を撮っていると、係の青年が入り口はあちらだよと笑顔で教えて下さった。少しだけ中も見たかったので、入り口に行ってみると、長蛇の列が。お揃いのベストを着た団体さんだ。ベストには確か台湾原住民何とかみたいなことが書いてあったと思う。台湾国内からもここを見に訪れる、それも団体で大型バスで乗り付ける人々がいるのだなと、この建物が何であったかを考えると感慨深い。しかし、この団体さんはかなりの大人数で、入る際には恐らくパスポートも提示しなければならない。そして、我々には時間がない。折角の公開日であったが外観だけの見学にした。

111203_1128_redhouse.jpg続いて歩いて西門紅楼へ(公式サイト)。こちらも赤煉瓦の建築物(1908年完成)。思っていたよりも小さかった。かつては市場だったという。そして、ここでも盲導犬を支援する集会・活動が行われていた。

時間がないので市内はこの辺で切り上げて、市外へと向かうことにする。

2012年01月09日 (月)

2011・12月 台湾旅行(一日目)

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飛行機が出るのは17時過ぎ。午前中はしっかり仕事をして、午後から出発。お昼は家人がおいしいパン屋でパンを購入したということで、空港でチェックインしてから取ることにした。

111202_1505_pan.jpgチェックイン時には一応機内持ち込みのリュックの重さを量られた。1.5キロ。軽い。いつも以上に身軽。タイや韓国、フランスに行くと、お友達へのお土産が結構場所を取る。今回の台湾は台中市に住む友人には会えそうにないので、こんなに身軽になった。チェックインを済ませて、昼食。おいしいフランスパンだ。フランスでパンのおいしさを教えて貰って以来、フランスのパンらしい味を求めてみるが、なかなかに少ない。気候や、粉、水等、どうしても違うのだろうか。それでも最近はパンやケーキなど日本に合わせず、フランスそのものの味で売るお店が増えてきた。そんなお店はどこもお客さんが多い。みんな、フランスの味を望んでいるのだな。

出国審査ではブザーが鳴ると思い、主治医に書いてもらった書類がすぐ出せるようにしておいたのだが、これが鳴らない。若干がっかりしながら審査を済ませて、機内で飲むお茶も購入。搭乗すると思ったほど席も狭くない。大手の航空会社でも悲しいほど狭い座席があるので、十分な広さだ。スタッフにも親近感があり、全体的に好感が持てる。

111202_2210_station.jpg予定時間を過ぎて桃園国際空港に到着。まずは両替。家人と別々に両替しようとすると、銀行員さんが手数料が掛かるから一緒にした方が良いと教えて下さる。うむ、商売気がない。親切だなぁ。バスで市内に出る。バスの切符を買う時に、全ての人がきれいに列を作って買うのを待っている。我々の番になって前の人を先に通してあげたらお辞儀をしながら「謝謝」。111202_2115_metro.jpgとても礼儀正しいな。バスに乗るにも順番で整然と乗っていく。我々は台北駅行きに乗り込んだ。降りるのはアンバサダーホテル前。が、各バス停前で停まるのかなと思いきや、どうやらブザーを押さなければならなかったようで、終点の台北駅まで行ってしまった。でも、ホテルは台北駅からも近いので地下鉄で向かった。地下鉄の切符の買い方も簡単。トークンを使う。トークンでの電車は初めてだったので、台湾の人々を観察して乗り込む。そういえば、まだタイの地下鉄に未だ乗ったことがなかったなぁ。タイの地下鉄もトークンでありましたな。地下鉄の駅も分かりやすく、整備され清掃も行き届いている。歩いて5分のホテルにチェックイン。荷物を置いて、すぐに外に夕食に出た。

111202_2206_jindin.jpg夜ももう遅かったので、ホテルから歩いて数分の「京鼎樓」に行ってみた。日本人が多いお店とはあったが、フロアーにはすべて日本人。凄いですな。この後に夜市も行ってみようとしていたので、ここでは小籠包とウーロン茶小籠包のみ頼む。コラーゲンがたっぷりというような肉汁を含んだ小籠包である。変わり種のウーロン茶小籠包よりも、普通の小籠包の方がおいしかった。夜遅くまでやっているので便利である。店員さんは夜遅くまでご苦労様です。

111202_2307_market.jpgその後、歩いて寧夏路夜市に。この夜市はこぢんまりしていて見やすい。まず、一通り見て歩き、心惹かれた物を食べることにする。ワタシは八角の香りに誘われてうろうろしてみたものの、それが何か分からず、もしかしてこれかもというお店で頼んだ。内臓スープのようなもの。しかし、八角の香りはなく、澄んだスープであった。味は普通に内臓スープであった。うむ、残念ながら先ほどの小籠包でお腹が一杯になってしまい、食べ物はこれでお終い。一方、家人は湯葉のようなものを見つけたりして、家人の食事にお付き合い。その後、家人が食べたいというお餅の屋台に行く。そこではマンゴーかき氷もあったので、ワタシがそれを注文するが、お店の人曰く「夏はおいしいけど、今はおいしくない」。今は食べない方が良いと教えて下さる。仕方なく、家人が所望するお餅、二つで40元のみをを注文。すると、またお店の人が一つで20元もできるけど、どうする?と聞いてくる。うーむ、ここでも商売気がないなぁ。一つで良いことにして注文。家人はこのお餅が大変気に入った様子。お腹も一杯になったので、釈迦頭(ノーイナー)を一つ買って歩いてホテルに帰った。

111202_2318_noinar.jpgさて、台湾の釈迦頭は大変大きい。タイのものと比べると、ふたまわり位大きい。おいしいことはおいしいが、果物はタイの方がおいしいですな。
ホテルは窓のない部屋であった。日本から持ってきた入浴剤を入れたお風呂に入って就寝。むむ、この時期の台湾、ちょっと寒い。けれど、何と台湾のホテルには暖房というものがなかった。冷房を切って少し厚着をして眠った。明日は一日中、台湾。お休みなさい。

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