2010年08月08日 (日)
2010・2月 フランス旅行・パリ(5日目)〜その2
シテ島から南に歩いて渡り、昼食を取ることに。どうもフランスでケバブが目に付く。たくさんお店があるのだ。我々が適当に入った路地にもケバブ屋さんが幾つかあり、どこにしようかときょろきょろしていたら、あるお店の人と目があって、手招きされた。素直に行く我ら。店内は狭い。各テーブル間も狭い。フランス人は体格が我々より大きいのに大変だな。ケバブサンドみたいなものを頼む。もれなくポテトフライが付いてくる。ポテトフライはそれは大量で、うむ、フランス人馬力が違うと、また実感。店内は様々な国籍のお客さんがいたが、皆さん難なく食べきっている。かく言うワタシもおいしく食べきった。
ご飯も食べて、次の目的地、中世美術館へ。ここには古代ローマ遺跡、浴場があるというので、それを楽しみに行った。こちらも第一日曜日なので無料。様々な彫刻やタペストリーが並ぶ。有名なタペストリーなどもあるが、さて、浴場は? 売店内で座って入場者数を数えているお姉さんに尋ねると、閉まっているとのこと。これまた浴場が展示部屋として使われているところが閉鎖中らしい。あぁ。帰国してからその写真を見ると、入りたかったなーと残念な気持ちになる。が、そのお姉さんは座って人数だけを数えている様子なので、話しかけたらとても嬉しそうで、プチ会話で盛り上がった。人数はちゃんと数えられていたかな。
外に出て遺跡の外観だけでもと柵越しに写真を撮って地下鉄に乗る。次はドラクロワ記念館。地下鉄一日券があるので近くても乗ってしまう。便利だな。お家が記念館になっており、主な展示は二階部分なので入場数が制限されているのか、階上を連絡を取りながら10人ずつぐらいで入っていく。こちらもこの日は無料なので、人も多い。庭にも行くことができて平日であれば落ち着いて見ることができるのではないだろうか。
続いて市立近代美術館。ここには家人の好きなマティスの絵「ダンス」がある。地下鉄を降りて外に出ると背後にエッフェル塔が。一瞬、あ!となるが、想像していたよりくすんでいる。エッフェル塔ってこんなものかと思いつつ、美術館へ。市立美術館だからか外の壁などにやたらと落書きが多い。汚らしくて呆れてしまう(が、市立美術館はパレ・ド・トキョーの一部で、外のその壁は落書き用の壁らしい。〜帰国後情報)。中はとても広々としたところである。余りに広くて「ダンス」がどこにあるのかすぐには分からず、家人が美術館のお姉さんに尋ねた。お姉さんは分からなかったようだが、すぐそばにいた男性が英語で教えて下さった。下に行ってすぐ左。merci! さて、下に行ったがひとまず他の作品から見て回るようだ。ここも展示数がとても多いのでしっかり見ると時間が相当かかる。すると途中で閉館のアナウンスが始まった。「ダンス」はまだ見ていないのに。「ダンス」の部屋の前に行ったが、もう部屋は消灯。慌てて出る我ら。が、家人曰く、他のは見なくても「ダンス」だけで良かったと。家人にはあの男性が教えてくれたのが分からなかったらしい(^^;)。ワタシはてっきり最後のお楽しみにするのかと思い。。。知らなかった。すぐに通訳するのだった。すまない。因みにここのトイレも汚かった。残念。
仕方なく歩いて建築・文化財博物館に向かう。そこには家人の好きなル・コルビュジェのユニテ・ダビタシオンの部屋の実物大模型があるらしい。歩いていると、対岸にエッフェル塔が。丁度18時頃でエッフェル塔のキラキラを見ることができた。キレイだな。カワイイな。博物館に着いたが、もう閉館時間まで僅かということで、入館は断られてしまった。残念。
さて、次はと、向かったのは凱旋門。ビエンチャンの凱旋門には行ったことがあるけれど、本物は大きいな(いや、ラオスの凱旋門もかなり良い。仏教的な飾りが可愛らしい)。地下道から凱旋門のところに行く。地下にチケット売り場はあるのだが、この日は無料の日なので素通りする。が、凱旋門の入り口に行くと、チケットが必要だという。むむ、もう一度地下に行き、0.00ユーロと刻印してあるチケットを貰いに行く。うーん、かなりの無駄ではなかろうか。必要であるなら、チケット売り場ですべての人に渡すべきだし、人数把握のためなら他の方法はいくらでもありそうだ。再度、凱旋門の入り口に。狭い螺旋階段を歩いて上る。途中、疲れて腰掛けている人もいる。一番上からはパリが見渡せる。すぐ下のシャンゼリゼ通りがまっすぐに通っている。遠くにはエッフェル塔が見える。ここでアジア人と西洋人のカップルにエッフェル塔を入れて写真を撮って欲しいと言われ何度か撮ったのだが、どうしても彼らが望む様に撮れない。もっと背の高い人に頼んだ方が良いかもしれない、ごめんなさいと伝える。我々は家人とタイマーでエッフェル塔を入れて撮影。その後、屋上をうろうろしていたら、先ほどのカップルが西洋人に同じように写真を撮って貰っていたが、やはり納得できる写真が撮れないようで、困っていた。凱旋門の下には無名戦士の墓があり、常に灯が点っている。こちらのトイレは位置が高いが、合格点。
シャンゼリゼ通りにあるとあるお店で夕飯にお総菜等を買って帰ろうとするも、場所柄結構なお値段である。早々に諦めて、ホテルに帰った。
ホテル近くのベトナム料理屋でお持ち帰り。味はなかなか良かったが、お店の女の子が呆れるほど無愛想である。ベトナムのベトナム人は全然そんなことないのになぁ。他にモノプリでデザートなどを買い、ホテルで夕食。
今日もいろいろ行ったな。明日は早い。お休みなさい。
2010年08月01日 (日)
2010・2月 フランス旅行・パリ(5日目)〜その1
今日からパリ! 我々のホテル「buttes chaumont」は安ホテルで、ホテル予約サイトでは散々な意見もあるにはあるが、別に悪いホテルではない。スタッフはみんな気さくで親切。高級ホテルみたいな制服を着たボーイさんとかはいないが、普通のホテルだ。無線LANもあるし、部屋はオンラインで管理してある。ちょっと残念だったのは、時間によってぬるま湯しか出ないのと、お風呂の栓がないこと、冷蔵庫がないことくらい。カーペットもキレイとは言えないし、椅子もほころびていたけれど、問題ない。電話もあるし、テレビもある。サイトに批判的意見を書いた人々は高級ホテルや日本のビジネスホテルのようなものを期待している人なのではないか。ゲストハウス的に思えば普通だし、良い方だと思う。パリでこの値段で泊まれるなんてとてもお得。次にパリに来ても、また泊まると思う。
朝食もついている。朝食はパンとジャム、飲み物だけ。でも、それで十分だし、パンがひたすらおいしい。そのパンだけで足りる。
パリはニースより寒い。そして、ニースより夜が明けるのが遅い。8時頃でもまだ暗い。地下鉄「jaures」の駅もすぐなのでとても便利である。すぐに市内へと行きたいところだが、実は翌日東駅から列車に乗るので、まずは東駅の下見に行った。朝7時11分の電車で乗り逃すと大変なことになる。それで、当日、もたつかなくても良いようにしておいたのだ。地下鉄の1日券を購入して東駅へ。東駅はヨーロッパのターミナルらしい駅であった。我々が日本で買っておいた列車のチケットもそのまま交換せずに乗れるということも分かった。時刻表などもゲットしたので、ようやく市内へ向かった。「chatelet」で降りシテ島に行くことに。シャトレ広場にあった柱の下にスフィンクスがあったので、思わず「コンコルド広場?」と興奮してしまった(勿論、後でそうではないと分かり、かなりがっかり)。まずはコンシェルジュリー。この日は第一日曜日だったので、多くの施設が無料になる。入るときにチケットと記念のカードの様なものを貰った。カードはマリー・アントワネットの肖像画だっただろうか。チケットには0.00ユーロと記してある。入り口でその半券をもらう。うむ、無料なのだから、チケット自体不要なのでは? 人数を把握したいのであれば、カウンターで数えれば良いのでは。またはカードの配布数で分かるのでは。疑問はいろいろあるが、気にせずセキュリティーチェックへ。衛兵の間の柱の様子が大変美しい。ここにはマリー・アントワネットの独房があったり、二階にも牢屋がある。歴史を感じない訳にいかない。因みにこちらのトイレは無料。まあまあ清潔。
次はお隣のサント・シャペル。こちらも日曜日は無料。セキュリティチェック有り。大きな礼拝堂ではないが、2階に上がるとあるステンドグラスはそれは見事である。良く作りました。。。フランスでも建物を見るだけで置く作ったなと感心する。実際に携わった、技術者、労働者、すごいな。カーペットの柄も面白い。美しさにくらくらしながらも次の目的地へ。因みにここのトイレも無料だが、清潔さは今一つ。
うっすらと積もった雪道を通り、花・鳥市場を横目にノートルダム大聖堂へ。こちらは塔以外は無料。中に入ると丁度ミサの最中であった。聖歌隊は後ろに控えていた。広い内部。こんな広い空間をよく作りました。この大聖堂の塔にも上がることができるのだが、時間もないので、後日の家人と別行動日に一人で上ることにする。ガーゴイル君達、待っていてくれたまえ! 大聖堂の先に入り口があるクリプトにも様子を見に行く。ローマ遺跡が地下にあるのだ。ここは後日ミュージアムパスで入ることに。
セーヌ川を徒歩で南側に渡り、昼食を取った。
2010年07月19日 (月)
2010・2月 フランス旅行・ニース〜パリ(4日目)〜その2
最終日にして初トラムは旧市街で降りて、その後、城跡へ。そこは小高い丘であった。旧市街から階段を上がり、振り向いて見える旧市街の様子は大変美しい。城跡に通じる道の途中には人工の滝もある。お城の遺跡もある。頂上にはおみやげ物屋さんもあり、市民の憩いの場所のようである。残念なことにここではトイレを見つけることができなかった。フランスではトイレ探しは重要である。別の道から海岸を目指して降りていくと展望台がある。そこから見る海岸線は絵画でも見慣れたものだ。初めて見る感覚ではないのが面白い。
さて、海岸に降りてみる。今まで普通に砂浜だと思っていた海岸は丸い石で敷き詰められていた。形の揃った丸い石なので人工ということ(確かにあとでガイドブックを見ると石だった)。石だと砂みたいに足に付くこともないので夏の海水浴には良いのかもしれない。この海岸線沿いには高級ホテルもあるらしいが、我々はそんなものには余り興味がない。
海岸で持っていたパンを食べて旧市街へ。途中発見したトイレは勿論有料だが、入り口に人がいるタイプだったので清潔であった。もう市場も終わっている時間だったので簡単にお店巡りをする。オペラ座近くにある可愛いおばあちゃんがやっている石けんのお店でお土産をいくつか買う。たくさんの石けんがあって迷ってしまう(しかし、この石けんには後日談が)。
時間となったのでホテルに帰り荷物を受け取りバスで空港に向かった。ニース空港は海沿いに有り、町からも近いのでとても便利で、光景も美しい。空港内ものんびりしていて長閑である。ニースともさようなら。寂しいな。のんびりと良いところだったな。
また途中雪山を見ながらパリへ。着いたのはオルリー空港。以前はフランス第一国際空港であったのだが、暗く、天井が低くて、これが第一国際空港だったのかと思うとなかなかの歴史が感じられて可愛らしい。パリ市内にはタクシーで。ホテルの住所を書いたメモを運転手さんに見せて「このアドレスにシルヴプレ」。フレーズ、覚えておきました。空港から市内へ向かう道の壁には途切れることなく落書きが描いてある。一体いつ、どうやって描いたのかと思うとその根性も凄いと思えてくる。またその落書きは日本でも壁に良くあるもので世界共通のデザインなのだなと分かる。市内に入ると、あ、ノートルダムが、あ、○○が。興奮してしまう。ホテルに着いた。タクシー料金は40ユーロ強。荷物チャージも取らなかったムシュー。
ホテルのフロントは二階。二人で1泊7000円弱のホテルである。気さくな青年がフロントに。今回このホテルを予約するのに二つの異なるホテル予約サイトから予約したので、途中から違う部屋になっていたが、ずっと同じ部屋にいることができるかと尋ねると、後でやっておくよと気さくに言う彼。このホテルの時点で挨拶以外は英語モード。パリは違うんだなぁ。夕飯はホテルのすぐ近くにあるマクドナルド。フランスで二度目のマクドナルドか。今回は普通のチーズバーガーにしたが、これも日本よりおいしい。何が違うのかなぁ。
その後お風呂に入ろうとするとお湯が出なくなった。時間制限かボイラーの関係かもしれない。でも、大したことではない。ぬるま湯で洗ってお休みなさい。
明日からはパリ!
2010年07月18日 (日)
2010・2月 フランス旅行・ニース最終日(4日目)〜その1
ニース最終日。この日は個人的に大変なことをしなければならない。この日の夜に着くパリのホテルに到着が夜遅いということを電話で伝えなくてはならないのだ。勉強したにわかフランス語で文章を作り、フランスに来る前にフランス語の出来る友人に直したりもしてもらった。言わなければならない事柄を紙に書き、間違ってはいけないので読み方も書いた。あぁ、緊張する。日本で普通の電話でさえ緊張するのに、フランス語で電話なんて。さて、パリに電話する。ホテルの人が出た。「ワタシは○○です。あなたのホテルに今夜から泊まる予定です。が、今夜10時頃に着きます」。通じたようだったが、やはり時間がちゃんと伝わったか心配だったので「アングレ、ok?」と英語に切り替え。もう一度時間を確認して、「メルシー、アビエント」と軽快に締めくくった(つもり)。懸念していた仕事終えたので、何やらやっと解放された気分。そして、前半のフランス語が何とか出来たのも嬉しかった。ワタシのにわかフランス語をちゃんとしたフランス語に直してくださったAさん、merci beaucoupです。
ホテルをチェックアウトして、荷物を夕方まで預かって貰う。とても気軽に預かってくれた。午前中はローマ遺跡、マティス美術館、お墓参りのあるシミエ地区へ。そこに行くバスに乗ろうと多くのバスが通りそうな大通りに行ってみるが、そこに行きそうなバスの番号が発見できない。どうしようかとうろうろしていたら、比較的ホテルに近いところにシミエ地区に行くバスを発見した。夕方には空港に行くので一日券を購入。そう言えば、バスの切符は一回乗りも一日券もなかなか立派で、カード大。紙製ではあるが、イラスト・デザインもちゃんとしている。それを貰って自分で刻印するのだが、それっきりで回収されない。一日券は仕方ないにしても、一回乗りは鉄道同様勿体ない気がしてならない。
バスや山の方に登っていく。目的地は一カ所にあるので降りるのも簡単であった。ローマ遺跡の競技場はこれまた改装中で柵が張り巡らされている。あぁ、ここでも入ることが出来なかった。が、柵の間から眺める。マティス美術館は広くて、人が少なくて、大変見やすい。初日に行ったマティスの礼拝堂、ロザリオ礼拝堂の模型などもあったり、絵で見慣れた椅子などもある。訪れる人もそんなにはいなくて、ゆったりと過ごすことができた。美術館を取り巻くようにローマンバスもある。本当はその遺跡まで降りて行きたかったが、どうやらその入り口は遠い反対側のようだったので諦めた。そしてお墓参りへ。デュフィとマティスのお墓があるという。デユフィのお墓は多くの人と一緒であった。見晴らしの良いところで寂しくなさそう。一方、マティスは一人だけ。特別感があるがちょっぴり寂しそう。
時間に余裕があるわけではない。次の目的地に向かう。町に戻ろうとバスに乗った。しかし、バスはシミエ地区の山から下りて、来たのとは反対に向かった。家人は正しいと言うが、絶対に反対方向である。どうするかと考えていたら、トラムの駅が見えた。今日買ったバスの一日券はトラムにも乗り放題なのですぐに乗り換えた。あぁ、これで無事に町に戻れると思って座っていたら、フランス人のお嬢さんが英語で話しかけてきた。ニースのトラムに関するアンケート調査だという。どこから来たか、トラムに乗った後の行き先などいくつかの項目を聞いて行かれた。外国でアンケートを聞かれるのも面白いな。またニースは外国人にも積極的にアンケートをしてより良いサービスを目指しているのだなと分かる。本来乗るはずではなかったトラムにも偶発的に乗ることができて、それなりに楽しかったな。
2010年07月04日 (日)
2010・2月 フランス旅行・夜のニース(3日目)〜その3
ニースに帰って、我々はプロヴァンス鉄道の駅に向かった。本当はその鉄道に乗って山の中に行ってみたかったけれど、如何せんそれをすると一日時間を取ってしまう。そんな時間的余裕は残念ながらなかったのだ。家人のある友人が我が実家に通じる福塩線の車窓を見て、「プロヴァンスがここにある」と言ったそうだが、この鉄道の車窓に似たものがあると何だか想像できる。それで駅だけでも見ておきたいと向かった。
さて、駅に向かう途中、鉄道の高架下を歩くと、その天井は青い青い照明であった。家人は「ニースブルーだ!」と教えてくれる。
プロヴァンスの駅はちょっと遠い。また夜で暗くて道も分かりにくい。ある路地で地図を持ってうろうろしていたら、後ろからご婦人が声を掛けて下さった。我々がプロヴァンス鉄道の駅に行きたいと分かると、場所をすべてフランス語で丁寧に教えて下さる。そして、さり気なくご婦人は帰路につかれた。あぁ、親切だなぁ。そしてすべてフランス語、良いなぁ。それで良いのだと思う。我々はご婦人の手振りと単語を頑張って聞き取って駅に向かった。キーワードは右、大きいスーパーマーケット、そして駐車場。何となく右に向かうと、スーパーマーケットと駐車場が出てきて、その向かいに駅があった。聞き取ったすべてがそこにあって、とても嬉しくなった。
プリヴァンス鉄道の駅は思っていたより近代的で簡素であった。想像していたのは古くて、石造りか木造のもの。随分違う。明日に備えてか停車していた列車も小さくて可愛らしい。列車を写真に撮っているとそれを見た人が笑っていく。駅で時刻表を貰って帰る。いつか乗る日が来るだろうか。
その後は夕食の為に歩いて旧市街に。家人がガイドブックで探してくれたお店を探すがなかなか見つからない。諦めかけた頃、やっと発見したが、満員で「予約してありますか?」と聞かれる。人気店なのだな。では、どうしようか、インド料理店もあるよとワタシが言っていたら、家人が別のお店を発見。そのお店もニース料理屋さんらしい。入るとそこも人で一杯。各テーブルは距離がとても近くて狭い。やっと座って注文する。ニョッキ、サラダ2種、ズッキーニのフリッター。我々の席の後ろに座っていた老夫婦さんが頼まれていたデザートの大きさにびっくりすると「とってもおいしいよ」と教えて下さる。料理がやってきた。うむ、一皿の量が半端なく多い。サラダ2種は多かったな。サラダはトマトがメインだったけれど、これが日本のトマトに比べておいしくない。というか、野性的な味。日本のトマトは食べやすく改良されているのかな。最近は甘いトマトもどんどん新しいものが出ている。フリッターはおいしかった。ズッキーニを縦に切って天ぷらにする大胆さにも驚いたが。ニョッキはビーフシチュー味みたいなものだったが、うむ... 食べるに従って辛くなる。が、お隣の若夫婦と娘さんの食事を見ると、一人一皿で小さな娘さんも一人で一皿のニョッキを食べている。それも軽々と食べ終わった。うむ、やはり小さい頃から体が違う、馬力が違うんですな。思い知りました。我々はと言うと、サラダを一皿余計に頼んだとはいえ、予想以上に食べることができなかった。申し訳なかったけれど、食べられない。お会計の時に注文時には若干無愛想だったご主人も満面の笑みで「good?」と聞いてこられた。我々は「oui!」フリッターおいしかったし。残してごめんなさい。
帰りに小さいお店でコーラを買って帰った。そこのレジでは「ジャポネ?」。答えは勿論「ウイ」。こんな簡単なフランス語も嬉しいな。今日もいろんな処に行ったな。お休みなさい。
2010年06月28日 (月)
2010・2月 フランス旅行・ヴァロリス(3日目)〜その2
ヴァロリスに向かうバスに乗って約30分。どうして降りるべき停留所が分かったのだろう。終点ではないのに、誰に尋ねなくても、何の迷いもなくバスを降りた。ガイドブックに書いてある停留所名が書いてあったのだろうか。もはや、まったく覚えていない。が、バスを降りて美術館に行こうとしたが、なかなか見つからない。ガイドブックにはバス停近くの「小さい階段」とある。バス停の少し先に階段があった。それを登って行く。とても良い雰囲気の民家が並ぶが、美術館であるお城がある様子はない。家人が階段を登って来た御夫人に尋ねると、違う方向を指差された。その方向に向かうと、少し広いところに出た。そこにはピカソの「羊を抱く男」。近くには観光案内所もある。案内所で地図を貰う。そして、お城は広場のすぐ横にあった。美術館の午後からの開館には時間があったので、美術館のショップの軒下で雨宿りをしながら、持っていたパンで昼食。
さて、ピカソ美術館は実は元々はヴァロリス城であった。その前は修道院だったそうだ。そのためだろうか、要塞感がまったくない。その城が現在はピカソ美術館、陶芸博物館、マニエリ美術館の3つになっている。美術館の午後からの開館時間になり、職員さん達も戻って来た。我々以外はみんな職員さん。まずはトイレを借りる。職員さんがトイレ近くまで案内して下さる。それから、展示をゆっくりと見て回った。我々以外は誰もいない。雨だから余計に人が来ないのだろうか。我々が美術館にいた間、誰も来なかった。若干、普段から人が少なそうな感あり。各部屋にいる職員さんに挨拶をして回る。お城の中をうろうろするのも面白い。
その後、敷地内の礼拝堂に向かう。そこにピカソの「戦争と平和」がある。礼拝堂は薄暗く、静まり返っている。入り口でチケットを見せる。奥に入った途端、我々は思わず「わー」とため息の様な感嘆の声をあげた。部屋の3面に様々な場面が描かれている。これには声をあげられずにはいられない。ヴァロリスに来た甲斐が大いに、大いにあった。実際にこんなものが見られるとは思ってもいなかった。アンティーブのピカソ美術館が閉館だったのはある意味、幸運だった。普通に開館していたら、もしかしたらヴァロリスには来ていなかったかもしれない。訪れる人の少ない美術館なので、我々はそれをずっと独り占めという、もの凄く贅沢な時間を過ごしたのだ。今、思い出しても、その時の興奮が蘇る。が、職員さんは流石に暇を持て余しているのか、我々に話しかけて来た。ワタシは拙いにも程があるフランス語で質問する。彼はフランス語と少しの英語で丁寧に説明してくれた。単語を頑張って聞き取って何となく理解。ここでも、彼の説明によって、見えなかったものが見えて来た。merci beaucoup である。見終わって外に出て、説明してくれた彼と写真を一枚。気軽に応じてくれた。きっと、いつも暇なんだろうな。ショップで買い物した後も、彼は外で見ていてくれた。我々は再度彼と立ち話をして別れた。最後まで手を振ってくれた。可愛らしい青年だな。
その後は町を散策。人気が殆どない。民家を見て回ったり、小さなお店屋さんで飲み物を買ったり。民家はそんなに大きくないし、窓が少ない気がした。中がどんな造りになっているのだろう。昔からのフランスの民家に入って見たい。美術館の彼もこんなところに住んでいるのかな。現代風の若者が昔ながらの家に住んでいる。それを想像するともの凄く面白い。日本のそれを同じだろうか。
元のお城がある広場に戻って来た。広場には小さな図書館もある。その向いには無料の(♪)清潔なトイレもある。ワタシはフランスに来てトイレ確認が常になっていた。すると、もの凄い雨だったのに、一転して濃い色の青空になった。家人はその色にひたすら感動している様子。それを「ニースブルー」というのだと教えてくれた。
ニースに帰る。広場の横に小さな階段があった。ガイドブックにあった「小さい階段」とはこれだったのだな。アンティーブ方向に向かう側のバス停すぐの階段であった。ニース行きのバスもあったかもしれないが、とりあえず、アンティーブに戻る事に。このヴァロリスのような小さな町に住むのはとても面白そうだなぁ。
アンティーブの駅でニースまでの切符を買う。切符を手配してくれた男性が我々がフランスに不慣れと思ってか時間とホームの番号を訊かないのに教えて下さった。ここでも merci !
2010年06月19日 (土)
2010・2月 フランス旅行・アンティーブ(3日目)〜その1
今日は雨。でも道行くフランス人の多くは傘をさしていない。何故だろう。濡れるのに。荷物になるからだろうか。ファッションのためだろうか。傘がないのだろうか。
この日はアンティーブに鉄道で行く。ニース周辺のどこに行くかいろいろ検討した結果、ピカソ美術館であるお城に行くことにした。その前にフランスの友人へのお土産をニースヴィル駅近くの郵便局から発送する。本来はパリで会いたかった20数年来のペンパルであるフランス人の友人だが、子供を出産したばかりで各種予防接種もまだなので、今回は会うことはできなかった。残念だが、もしも子供に悪い菌が感染したらという母親の心配は尤もだ。心配な危険は予め防がなければならない。さて、郵便局で小包を出す。窓口に並んで荷物を差し出す。窓口はすべてガラスか何か透明なもので遮られていて、映画館のチケット売り場の様に少し隔たり感がある。中身の申告書を書いて保険付きにする。料金は何と19ユーロ。日本の感覚からするとお高い。確かにフランスから来る封書にある切手を見てフランスの郵便料金は高いなと思ったことが何度かある。何とか発送できて一安心。
ニースヴィル駅に行ってアンティーブ行きの切符を購入。「pour Antibes, duex, s'il vous plait」哀しいが、もはや単語の世界。貰った切符は航空券くらいの大きなものであった。それを黄色い刻印機に差し込んでホームに行く。表示に沿ってホームに行ってみたものの、どの列車かよく分からない。きょろきょろしていたら、女性駅員が話しかけてどのホームかを教えてくれた。あぁ、merci です。因みにそのホームに停車していたのはどうやら TGV の様であった。何と TGV は幹線列車と同じ軌道を走るのですな。それであのスピード。日本は新幹線と幹線の軌道が分けてあるのだが、どちらが良いだろう。建設することにおいては同じ軌道の方が費用も掛からず時間も早い。区別してある場合は費用も時間も掛かるが、何かしらの事故や問題が起こった時、その影響をどちらもが受けにくい。列車に乗り込むが生憎の雨で窓ガラスが曇って外が余り見えない。
アンティーブに着いて駅を出るが、その際に切符の回収はない。あんなに大きな切符なのに回収しないとは紙が勿体ない気がする。町まで雨の中を暫く歩く。町の中心地の噴水前にある案内所で地図を貰う。雨は相変わらずだが、お城に向かった。お城に向かうに従って、町並みが古くなっていく。入り組んだ石畳の路地、昔の建物が観光目的でなく普通に使われている。大変美しい。前日のサン・ポールよりその様子は美しかった。海近くに出るとお城はすぐそこだ。が、様子が何だかおかしい。お城への入り口には妙な足場がある。もしやと思ったら、入り口方面から帰って来た観光客らしき人が「閉まってるよ」と教えて下さる。あぁ、昨日のマーグ美術館に引き続き閉館中。そこにあるのに、行くことの出来ないお城。まさに「城」ですな。
ということで、引き返す。途中あった市場に寄ってみるが、そろそろ店じまい時間になった様子。野菜や果物、チーズが並ぶ。まだ後があるので、何も買わず見学だけで終了。
その後、家人が国立ピカソ美術館があるヴァロリスに行こうと提案。アンティーブからバスで行くことができるらしい。バスターミナルでヴァロリスに行くバスを探してみるがどこにもない。今ではもうなぜ気がついたのか覚えていないが、噴水のところにあるバス停だと気づいて引き返した。バスは噴水広場の横でもなく、案内所の一画の横、普通のバス停に来るのであった。兎に角乗り込んでバス賃を払う。一人1ユーロ。
2010年06月09日 (水)
2010・2月 フランス旅行・ヴァンス(2日目)〜その3
やはり行ってみなければ分からないものは多い。
サン・ポールの次には家人が最も行きたかったヴァンスにあるマティスの作ったロザリオ礼拝堂だ。サン・ポールからヴァンス行きのバスに乗って終点で降りる。そこから徒歩。行く前は修行の意味も込めて山の高いところにあるのかと思い、それなりの歩きを覚悟したのだが、暫く歩くと民家の間にぽつりと礼拝堂が出てきた。少々、拍子抜けの感あり。二車線の狭い道路なのに大きな観光バスも停まったりする。
礼拝堂の中は撮影禁止。入る前に家人は礼拝堂の屋根の上の十字架やエントランスの装飾などを熱心に写真に撮っていた(私も撮ってはいたが)。家人にとってはかなりの興奮ではないかと想像する。勿論、家人を先に行かせる。
礼拝堂のドアの把手は先に握らせなければなりませぬ。
ドアを開けて入ると、下に降りる階段が。拝観料(と言っておこう。礼拝堂だもの)はその下で払う。全体は思っていたより小さい様な大きい様な。
タイルの絵は思っていたよりも大きかった。ステンドガラスから入る光が美しいな。これがもっと晴れた日であったらもっと美しかっただろう。懺悔の部屋へのドアもマティスがデザインしたそうだ。細部のすべてがマティスによる。椅子に座ったり、歩いたりしてじっくり見た後、ショップに行って家人はいろいろお買い物。
その間には昨日CDG空港からニースの空港まで一緒になった団体のご婦人方とも一緒になったりしてお話しする。ワタシはトイレにも行ったり。ここのトイレはショップの横にある階段を上がって、外に出て道路側の突き当たりにある。ワタシが行ったときは鍵が掛からなかったので要注意。ショップのマダム二人もいろいろ吟味する家人の味方になってくださったのか、いろいろフランス語で話しかけて下さる。ワタシのかなり拙いにわかフランス語でも役に立つのだ。そしてたくさんお買い物した家人にはとても素晴らしいおまけがあった。これは内緒。
お買い物を済ませて、また礼拝堂に戻る。
礼拝堂にはフランスのどこかから来た高校生の団体。社会見学だろうか? シスターが説明してくださるのを我々も座って聞いた。ところどころ分かる。その後もイタリアから来た団体さんと一緒にまた説明を聞く。キリストの様々な場面の絵も流石、イタリア人は○○の時の絵だとすぐに分かる。キリスト教圏なのだなと改めて感心。二回聞くと何となくではあるが、少し分かった気になる。その後、またショップへ。二人のマダムはまた来たねと歓迎。その内の一人のマダムと話していたら、シスターは英語が話せるからと、シスターに説明をしてくれるように頼んで下さった。シスターは団体の時よりは簡単に説明してくださった。「3」という数字がキーワードであること。聖ドミニコには「M」という文字が描かれてあること。我々が今まで雲だと思っていたふわふわの絵は花だということ。朝が最も美しいということ。他にもたくさんあったのに、忘れてしまった。メモでも取りながら聞けば良かった。。。礼拝堂に何時間いただろうか。家人はまだまだいたい様であったが、閉館の時間もある。シスター達にお礼を言って出た。
ショップのマダムが家人に教えて下さったという、礼拝堂が下から見える道路に出た。途中、ドングリの木と葉っぱを発見。葉っぱはもう枯れていたけれど、その形が何かに似ている。マティスの絵に良くあるワカメのようなひらひらだ。礼拝堂のステンドにもあった。ワカメのようだなと思っていたのだが、もしかしてドングリの葉っぱなのかもしれないとも思えてきた(海の絵にあるのはドングリではないだろうが)。下からも堪能してバス乗り場に帰る。家人は本当はヴァンスに一泊したかった様だ。旧市街にも行きたかったようだ。が、来たバスに乗ってしまった。
ニースに帰ってから、スーパーマーケット「モノプリ」に寄る。簡単に見て回って、ケーキを買って帰る。その後夕飯。ホテル近くのピザ屋さんでピザ。フランス人が一人一枚のピザを食べていたので、我々も同じように2人で2枚のピザを頼んだ。が、多い。食べきれない。フランス人は馬力があるなぁ。体が違うんだなぁ。思い知った。悪いと思ったが食べられない。
ホテルに帰ってからケーキ。ピザは食べられなくてもケーキは食べられるのだな。ワタシが選んだのはカシスチョコレート。どっしりしていて味がしっかりしていて、大変おいしい。カシスとチョコレートが融合した、今までずっと夢に見ていた理想の味だ。大満足で就寝。お休みなさい。
2010年05月15日 (土)
2010・2月 フランス旅行・サンポール(2日目)〜その2
続いて、サン・ポールの村へ。
サン・ポールは中世の町並みがそのまま残るところで、可愛らしいお店などが建ち並ぶ。いわば、日本の町屋を利用したカフェなどが並ぶところのようなもの。ちょっと観光目的なところがあって、そういう方向で開発しすぎるのも疲れることはあるにはある。サン・ポールはそれでもそんなに観光化されていないという。サン・ポールの入り口のバス停には有料トイレがあるが、町の中に無料トイレもあるので、町の中では安心。バス停から少し歩くと、ペタンク場がある。冬なのでゲームをしている人は少ない。ペタンク場の向かいにはなにやら面白い水場がある。飲み水(eau potable)も流れているので、昔の社交場か洗濯場、はたまた馬の水飲み場。何も書いていないので分からない。人もいないので聞くこともできない。
門をくぐって、町の中に入っていく。小さな可愛らしいレストランやお店でいっぱいだ。もしかすると、そういうお店がない方が雰囲気がより良いかもしれない。お店よりそこに住む人々の暮らしぶりが見えた方が面白いかもしれない。が、ここには生活感が余り見えてこない。途中には噴水があったり、水場や水飲み場が数カ所ある。フランスは水道水も飲むことができるし、こうして湧き水(山水?)もあり、水に豊かなところなのですな。
町を抜けて展望台に出た。今までの石の建物から一変、大きく開けた景色が見える。思わず「わー」と声が出た。大変美しい風景だ。遠くにはニースの海が見える。そして、振り返ると白い雪山が見える。あの雪山は方角からいってアルプスの何かだろうかとその時は思ったが、後でよく考えてみるとアルプスはまだまだ遠かった(^^;)。温暖な地中海と高い雪山が同時に存在するなんて思ってもみない景色であった。暫くその景色に見とれてしまった。
展望台から町に引き返す。教会近くの無料トイレは清潔にされていて気持ちが良い。最後に門近くのクレープ屋さんでクレープを昼食代わりにする。なかなか無愛想なおじさんのようなおばさんが作ってくれた。ペタンク場のベンチで食べる。ワタシはレモンと蜂蜜にしたが、レモンの酸味が最後には辛くなってきてしまった。お向かいの例の水場で手も洗って、ヴァンスに行くバスを待つ。家人はバスの時間まで何かアイスクリームでもと買いに町に入っていたが、手ぶらで帰って来た。何故買わなかったのか、もはや覚えていない。
2010年04月30日 (金)
2010・2月 フランス旅行・サンポール(2日目)〜その1
朝食はホテルのバイキング。
大変、充実していて、貧乏性の我らはいろんなものを食べてしまった。お昼を食べなくても良いくらいだ。
この日はサン・ポールと家人最大の目的地であるヴァンスへ。まず、サン・ポール行きのバスに乗るためにバスターミナルへ。しかし、どのバスに乗れば良いのか、大変、分かりにくい。運転手さん達にサン・ポール行きのバスを聞いても、誰にも分からない。うーむ、自分の担当路線以外は分からないとは、なかなか良い感じですな。他の乗り場で探していると、子供を引率する中国人らしき先生がサン・ポール行きのバスを教えてくださった。「謝々」。が、次のバスまで時間があるので、家人はバスターミナル周辺をうろうろ。
ワタシはトイレに行きたくなったので、バスターミナル内のトイレに行こうとしたものの、40セントを入れないと入れないトイレであった。生憎、そこまで細かいお金を持っておらず、インフォメーションのお姉さんに両替をしてもらおうとしたが、ここでは両替はやっていないと、つれないお答え。気を持ち直して、外にトイレを探しに出かけたが、マクドナルドも朝は開いていないし、困ってしまった。
家人が帰ってきたので、小銭を持っていないかと聞いてみる。40セントではなかったが、おつりが帰ってくるかもと儚い希望を抱いてトイレのコイン挿入口に50セントを入れてみるが、やはりダメ。
そうしていると、見かねたマダムが助けに来てくれた。まず、マダムはインフォメーションに両替を頼みに行った。が、やはり駄目なものは駄目。これにはマダムも閉口。その辺の乗客にも聞いてくださるが、誰も持っていない。すると、マダムは自分のお金を出して入れ始めた。
おぉ、マダム、メルシー。フランス人、親切だ。それもさり気ない親切。
サン・ポールに行くバスに乗り込む。
バスにはアナウンスがなく、バス停には次のバス停の名前がないので常にきょろきょろしてしまう。家人は写真撮影。お隣に乗り合わせたご婦人がそんな家人を見て笑う。
暫くすると、古い中世の建物ばかりで出来た山のようなものが出てきた。バス停の名前を見るとサン・ポールらしい。先に降りた人に家人が確認して降りる。
まずはマーグ財団美術館へ。
サン・ポールの村とは反対側、郵便局のところを山に向かって行く。なかなかの距離だ。やっと美術館の看板を見つけ、更に山の上に。美術館に着くが、人気がない。裏口みたいなところをどんどん進むと、建物の入り口らしきところに着いた。するとご婦人が「システム・トラブルで閉まっているのよ」。一歩たりとも中には入れない。ざ、残念。すごすごと帰ると、料金所のようなところにフランス語で「トラブルに閉まっている」というようなことが書いてある。事情を知って読むと、フランス語が何となく分かる。山を下りていくと、確かに「春にオープン」という看板があった。あぁ、事情を知って読むと解るフランス語。。。事情を知らなくても分かるようになりたいものだ。