2010年06月28日 (月)

2010・2月 フランス旅行・ヴァロリス(3日目)〜その2

ヴァロリスに向かうバスに乗って約30分。どうして降りるべき停留所が分かったのだろう。終点ではないのに、誰に尋ねなくても、何の迷いもなくバスを降りた。ガイドブックに書いてある停留所名が書いてあったのだろうか。もはや、まったく覚えていない。が、バスを降りて美術館に行こうとしたが、なかなか見つからない。ガイドブックにはバス停近くの「小さい階段」とある。バス停の少し先に階段があった。それを登って行く。とても良い雰囲気の民家が並ぶが、美術館であるお城がある様子はない。家人が階段を登って来た御夫人に尋ねると、違う方向を指差された。その方向に向かうと、少し広いところに出た。そこにはピカソの「羊を抱く男」。近くには観光案内所もある。案内所で地図を貰う。そして、お城は広場のすぐ横にあった。美術館の午後からの開館には時間があったので、美術館のショップの軒下で雨宿りをしながら、持っていたパンで昼食。
さて、ピカソ美術館は実は元々はヴァロリス城であった。その前は修道院だったそうだ。そのためだろうか、要塞感がまったくない。その城が現在はピカソ美術館、陶芸博物館、マニエリ美術館の3つになっている。美術館の午後からの開館時間になり、職員さん達も戻って来た。我々以外はみんな職員さん。まずはトイレを借りる。職員さんがトイレ近くまで案内して下さる。それから、展示をゆっくりと見て回った。我々以外は誰もいない。雨だから余計に人が来ないのだろうか。我々が美術館にいた間、誰も来なかった。若干、普段から人が少なそうな感あり。各部屋にいる職員さんに挨拶をして回る。お城の中をうろうろするのも面白い。
その後、敷地内の礼拝堂に向かう。そこにピカソの「戦争と平和」がある。礼拝堂は薄暗く、静まり返っている。入り口でチケットを見せる。奥に入った途端、我々は思わず「わー」とため息の様な感嘆の声をあげた。部屋の3面に様々な場面が描かれている。これには声をあげられずにはいられない。ヴァロリスに来た甲斐が大いに、大いにあった。実際にこんなものが見られるとは思ってもいなかった。アンティーブのピカソ美術館が閉館だったのはある意味、幸運だった。普通に開館していたら、もしかしたらヴァロリスには来ていなかったかもしれない。訪れる人の少ない美術館なので、我々はそれをずっと独り占めという、もの凄く贅沢な時間を過ごしたのだ。今、思い出しても、その時の興奮が蘇る。が、職員さんは流石に暇を持て余しているのか、我々に話しかけて来た。ワタシは拙いにも程があるフランス語で質問する。彼はフランス語と少しの英語で丁寧に説明してくれた。単語を頑張って聞き取って何となく理解。ここでも、彼の説明によって、見えなかったものが見えて来た。merci beaucoup である。見終わって外に出て、説明してくれた彼と写真を一枚。気軽に応じてくれた。きっと、いつも暇なんだろうな。ショップで買い物した後も、彼は外で見ていてくれた。我々は再度彼と立ち話をして別れた。最後まで手を振ってくれた。可愛らしい青年だな。
その後は町を散策。人気が殆どない。民家を見て回ったり、小さなお店屋さんで飲み物を買ったり。民家はそんなに大きくないし、窓が少ない気がした。中がどんな造りになっているのだろう。昔からのフランスの民家に入って見たい。美術館の彼もこんなところに住んでいるのかな。現代風の若者が昔ながらの家に住んでいる。それを想像するともの凄く面白い。日本のそれを同じだろうか。
元のお城がある広場に戻って来た。広場には小さな図書館もある。その向いには無料の(♪)清潔なトイレもある。ワタシはフランスに来てトイレ確認が常になっていた。すると、もの凄い雨だったのに、一転して濃い色の青空になった。家人はその色にひたすら感動している様子。それを「ニースブルー」というのだと教えてくれた。
ニースに帰る。広場の横に小さな階段があった。ガイドブックにあった「小さい階段」とはこれだったのだな。アンティーブ方向に向かう側のバス停すぐの階段であった。ニース行きのバスもあったかもしれないが、とりあえず、アンティーブに戻る事に。このヴァロリスのような小さな町に住むのはとても面白そうだなぁ。
アンティーブの駅でニースまでの切符を買う。切符を手配してくれた男性が我々がフランスに不慣れと思ってか時間とホームの番号を訊かないのに教えて下さった。ここでも merci !

by kasuke : 19:02 | comment (0) | trackback (0)
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