2016年11月19日 (土)

2016・4月 松山(2日目・その1)

松山城へは徒歩で。ロープウエイ・リフトもあるが、そんなに高いところにあるわけではないので、ここは出来るだけ歩いて行くのがオススメ。高いところにあるもの、遠いところにあるもの、理由がない場合は歩いて行った方がそこに行く実感を覚えられる。思えば、ロンシャンの礼拝堂に行った時も最寄駅から歩いて行ったので、巡礼にも似た気持ちが味わえたし。反対に会津の飯盛山で割引券があるからとエスカレーターに乗ったのは大失敗であった。歩かれる場合は歩いて行った方が絶対に良い。
松山城の歩いて登るコースに人は少ない。その分、道や景色がゆっくり楽しめる。一旦登ると、視界が開けて、美しい松山の風景を見ることができる。場内には多くの人が。みんなロープウェイで上がるんだな。四国にはそのまま残る天守が多く、松山城もその一つ。石垣が見事で連立式の城が美しい。
その後、売店でみかんソフトクリームを食べて、球場へ向かった。
松山市駅まで市電で行き、坊ちゃんスタジアム直行のバスに乗る。試合開始時間が迫っていたので急いで球場に向かう。入り口でプレゼントのスワローズユニフォームを受け取る。この日の席は1塁側ネット裏1列目! 1列目で観るのは初めてなので感激。対横浜DeNA戦。先発投手は石川投手。終盤は外国人投手リレーでスワローズの勝利。ヒロインも近い!天気も良く、スワローズも勝って気分良し。この日の昼食は球場の売店で購入した軽食。
試合後に選手をちょっぴりお見送りして、家人はJRで、ワタシはバスで松山市内に戻り市電で松山駅まで。この時、市電で偶然乗り合わせた女性と会話。その方の同僚さんも試合に行きたかったが都合がつかず行かれなかった。家族にユニフォームだけでも入手しに行って欲しいと懇願したが断られたとのこと。今思えば、この方に翌日も行くからユニフォームを譲ってあげられるかもと提案すれば良かったと後悔。ホテルにチェックイン。
この日のお風呂は道後温泉でと決めていたので、家人と道後温泉本館へ。商店街をぶらぶらしてから行ってみた。霊の湯三階個室にしようと思ったが、空いていなかったので、霊の湯二階席へ。貴重品とか脱いだものはどうするのかと思っていたが、スタッフの皆さんが常に気を配られているし、貴重品はお風呂のロッカーに入れられるようになっている。浴衣を持って霊の湯へ。ちょっと小さな湯船ではあるが、人も多くなく、お湯もきれいで大変気持ちが良い。道後に来たらやはり温泉には入らなければいけないなという気持ちになるようなお湯。湯船に入る前に体を洗うだけで、お肌がつるつるして気持ち良いのが分かる。
その後、神の湯にも入られるというので、スタッフの案内に従って、一階の神の湯へ。こちらは気軽に銭湯感覚で入られるので人も多い。中央に大きな湯船があり面白い造り。が…、先ほどの霊の湯で感じたお肌つるつるの気持ち良さがこのお湯に入ることで残念ながら失われてしまった。欲張らずに霊の湯だけにしておけば良かったと後悔。次回は霊の湯だけをゆっくり楽しむぞと即座に決意。
お風呂の後におせんべいとお茶で休憩。最後には又新殿や坊ちゃんの間を見学。その時に本日の試合で貰えるスワローズのユニフォームが上着の下にチラ見させている男性がいたので声を掛けてみると、大阪から来たとのこと。せっかくなのでその後の食事に誘った。本館でお土産にみかん石鹸を購入し、道後温泉の上にいるサギや手すりなどに刻まれた湯の玉を外から観察。本館に入る前には何故屋根に取りの飾りがあるのかと思っていたが、館内見学の際に道後温泉を見つけたのがサギだったと知り、大変勉強になった。
3人で市電に乗り、郷土料理お「五志喜」へ。媛会食を奮発。量が多いから食べられるかなと思いつつ、とてもおいしかったので結局みんな食べてしまった。次回もここに来てしまいそう。
食事を共にした男性H氏も松山駅近くのホテルということだったので一緒に帰ることに。気がつけば、もう市電がなくなっていたので、徒歩で帰ることにした。十分歩ける距離であるし、城内を通ることで、これまた松山の土地を堪能することができた。途中でデザートなども購入。H氏とも別れてそれぞれのお宿へ。
今日も楽しかったな。

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2016年11月14日 (月)

2016・4月 松山(1日目から翌朝)

記念すべき2015年5月22日(金)からファンになったヤクルトスワローズの試合を観に松山に遠征。
行きは大阪南港からフェリーで。一度、瀬戸内海を行くフェリーに乗ってみたかったのだ。特に明石大橋の下をくぐってみたかった。夜行なので景色は良く見えないが、明石大橋をくぐるのはそれはそれは面白かった。橋をくぐる時、ちょっと遠近感がなくなったような、ちょっと乗り物酔いしたような感覚になった。フェリーは一番安いものを取ったので大部屋。若い時、下関ー釜山をフェリーで行ったこともある。その時は良く眠れたので問題ないと思っていたが、このフェリーは小さいのかエンジン音が大きく、ほぼ眠ることが出来なかった。もう、このフェリーに乗ることはないかもしれない。。
フェリーは朝方、今治に到着。前もって松山へのバスを予約しておいたので、フェリー料金はちょっとお安め。バスで松山に向かう途中で「マルフク」の看板が多数出てきた。家人にとっては写真の撮りがいがあるだろうな。
我々が取ったホテルは松山駅付近。その近くに「マルフク」の大看板を屋上に掲げたビルを発見。こんな大きい「マルフク」は見たことがなかった。ホテルに荷物を置かせてもらって、お隣の喫茶店でモーニング。我々がちょうど喫茶店に入ろうとした時に救急車で運ばれるお客さんに遭遇しちょっとびっくり。ワタシは駅で伊予鉄乗り放題パス二日分を購入し、まずは松山城へ。(家人はワタシより1日長く愛媛に滞在するので、別のパス)

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2013年07月07日 (日)

2013・6月 タイ訪問(1日目)

我が家から関空までは電車1本で行ける。ほぼ座れるのでとても便利だ。今回、海外旅行保険はクレジットカードに付いているサービスを利用。だが、その条件として旅の費用をカードで支払うというものがあった。そこで、関空までの JR の交通費をカードで購入。電車がやって来たが、ホームで急停止してしまった。先にある信号が何らかの理由で赤になった情報が入ったというのだ。一瞬焦るも、電車は数分止まっただけで問題なく乗ることができた。
チェックインを済ませ、お土産を少し買い足す。関空での出国審査後はお店などが楽しくない。スワンナプームなど出国後もとても楽しいのに。
機内食など食べ、ちょうど観たかった映画「最強の二人」を観たり、ゲームをしたりして5時間半。JAL は座席が比較的狭いと思っていたが、やはり LCC に比べると広い。サバーイだな。 タイの上空に着くと、そこは雷雨だった。稲光もしている。上空で待機命令が出たようで着陸が遅くなった。
荷物も受け取り、電車で市内に向かう。暫く行かなかった間にエアポートリンクなる電車が出来ていて、15〜25分間程度で安価で市内に出られるようになっている。便利だなー。タクシー会社はあがったりだなー。今回はお母さんの次男がマッカサン駅まで迎えに来てくれることになっていた。空港の標識に沿って電車の乗り口に向かう。駅案内のお兄さんがどこに行くのか聞かれたので、マッカサン駅というと、こちらだと教えてくれる。チケットを購入し、お母さんの家に空港についた電話をする。が、掛けようとした公衆電話が繋がらない。知らない間に電話の掛け方が変わったのかしらと、先ほどの駅案内のお兄さんに尋ねてみると、代わって掛けてみてくれた。やはり、繋がらない。お兄さん曰く、雨が降ったから繋がらないかもと。うむ...、お兄さんにお礼を言って、そこは諦め別の場所の電話で掛けてみると普通に繋がった。あの電話機が調子悪かっただけなのね。それにしても、ワタシも48歳になり、分からないことがあれば、すぐ訊いてみるという行動に出られるようになりましたなぁ。昔はなかなか出来なかったけれど。歳を取るということは楽しいね。
電車に乗ろうとホームに行く。急行に乗ろうとしたが、どうやらそこは各駅停車しか来ないみたいだった。間違えたかなと思いつつ、仕方ないのでそのまま乗車。各駅停車でも市内まで20分くらいで、信じられないサバーイさだ。ドーンムアンからバスで市内に行っていた頃が懐かしいなぁ。マッカサン駅で降りると、とても広い駅で、どこで待って良いか分からない。適当に歩いていると、駅のおじさんがどこに行くのと話しかけてきた。迎えに来てくれる人がいるのと答えると、それなら3階の××出口付近にいると電話で伝えなさいと教えてくれる。あぁ、親切だなぁ。3階に行くと、タクシーのお兄さんが同様に訊いてくる。同様に答えると、それならこの辺の椅子に座って待ってると良いよと言ってくれる。あぁ、親切だなぁ。友達の携帯に3階の××出口にいると電話する。数分後、友達がお母さんとやって来てくれた。6年振りの再開。久し振りだけれど、そうではないような。そうでないけれど、久し振りのような。兎に角会えてとても嬉しい。
お母さんの家近くに出来たホテルに向かう。今回はスイートなる部屋を取った。けれど、1泊1300バーツで、近年のバンコクの物価からすればとてもお得に思える。リビングもキッチンもある。持て余しそうな広さ。お母さん達と軽く部屋でお話。お母さんは6年振りだなんて今までで一番久し振りじゃない。今度からは2年に1回ね。私も72歳だから6年も開くと、次いるかどうか分からないなんて自分で言う。そうなのだ。バンコクはお母さん達に会いに帰省する感覚なのだ。タイにはもはや旅行の感覚はなくて、帰省のような「訪問」なのだ。
お母さん達が帰った後、ちょっとお腹が空いたので、近くのセブンにお買い物に行った。明日は早朝からメークローンに行くために早起きしなければならない。タイに来ましたな。お休みなさい。

by kasuke : 15:37 | comment (0) | trackback (0)

2013年06月15日 (土)

2013・6月 タイ訪問(行く前に)

後で考えてみると、前回タイに行ったのは6年も前のことだった。タイのお母さん達も70歳は過ぎているので、たまには会いに行かなければ心配である。今年は久々にタイに行くぞ!とずっと決めていたのだった。飛行機を調べてみると、JAL の2・3・2という座席並びが我々には適していた。値段もまあまあ。出発時間等も良い感じ。金曜日〜火曜日朝帰りという日程で4月中旬出発で予約した。が、行く数日前に家人の仕事が終わりそうになく、そのストレスのために逆流性食道炎になってしまい、予定を延期することにした。チケットの取消料金は一人2万円だったが、燃料費が安くなっていたので、そこまでしないで済んだ。
新たに予約したのは5月末。タイの友人から頼まれたものやお土産など買い揃えてタイに向かった。

by kasuke : 09:59 | comment (0) | trackback (0)

2011・12月 台湾旅行(反省会)

2013年のタイ訪問を備忘録(ブログ)に書こうとしたら、台湾旅行の反省会が出てきたので、置いておく。それにしても、「備忘録」と「ブログ」は語感が似ているな。これは「備忘録」だけれど。
そしてこの反省会後、ワタシの台湾への興味は増すばかりで、台湾に関する本、台湾原住民についての本、映画などずっと触れている。映画「悲情城市」は家人が DVD を購入し観た。中国語も割と真面目に取り組んでいる。1年以上経った今思うに、総統府にて遭遇した団体客の後ろに付いて入っていたら、どうなっていたかなと想像したりする。台湾原住民の考えに思いもよらず触れたりできたかもしれない。たった2泊の台湾旅行はとても大きいものを与えてくれた旅であった。

 * * * * *

今回、二日とも万歩計を装着して歩いていた。次がその結果。

一日目;13,787 歩
二日目;23,477 歩

二日目は随分歩いたが、それでも少ない様に感じる。毎日、万歩も歩くのはなかなか難しいことですな。

1)台湾の歴史をもっともっと知るべきであった
ざっとは知っているつもりであったけれど、ちゃんと詳しく知らないことが分かった。二二八事件さえも知らなかったという恥ずかしい限りである。帰ってからまずはネットでいろいろ読んでみたが、様々な疑問が次々に出てきた。もっと台湾のことを知りたくなった。これからもっとちゃんと勉強しようと思う。

2)チベットへの募金をもっとしたかった
よく考えたら日本円でも問題なかったはずなので、もっと募金をすれば良かったと後悔している。日本ではチベットに対する中国政府への抗議活動は北京五輪以降余り聞いていない。あったとしても日本のマスコミは報道しない。何とか中国からチベット(チベット以外にもモンゴルや東トルキスタンも)を守りたい気持ちは多くの人が持っていると思う。どうしていくべきか分からないが、台湾ではちゃんと行動されている。日本よりもずっとずっと意識が高い。この好機にもっと募金すれば良かったと後悔が大きい。

3)「悲情城市」を行く前に見なかった
後で見たのだけれど、行く前に見ていたら、歴史の面でも見る目が違ったであろうし、九份での感慨も違ったと思う。後から見た映画で出てきた九份の町のシーンは様子が随分違っている。昔ながらの炭坑の町の様相があった。

4)余り食べられなかった
これは歳のせいか余り食べることが出来なかった。歳を取ると、お腹が空いた!と思っていても案外量が食べられないことが分かってきた。台湾でも同様の症状に気がついた。九份で良く見た肉圓。中にはお肉が入っていて透明のデンプンで包まれている。一見クラゲの様にも見え、興味はあったものの結局食べなかった。残念。臭豆腐。人が臭いというものも結構おいしいと思う我々なので食べてみたかったが、思う以上に量が多い。万が一食べられなかったら悪いので、手が出なかったが、やはり食べてみれば良かった。残念。今では日本のものは殆ど見なくなったヌガー。台湾もヌガー天国なのでもっと沢山買っておけば良かった。
食べ物だけでなく、購買意欲も年齢と共に少なくなる。以前は訪れた国の雑誌や本、CD など色々買ったものだが、年齢も多くなると少なくなってきた。


反省会ではあるが、台湾に初めて行ってみて大きく感銘を受けた。台湾の人々はとても親切なのだ。マナーも良い。トイレにはちゃんと並ぶし、エスカレーターも我先にということなくゆったりと乗り込む。電車内では携帯電話は可だが、ちゃんと小声で話して他の乗客が不快に思うことは決してない。呼び込みもあるけれど、しつこくなく、和やかに終わる。チベットの為の募金活動にも出会ったが、他にも様々な集会を見た。助け合う感覚がごく普通にあることを感じた。親切にしましょうというのではなく、普通に基本に意識しないところにあるような感じ。東日本大震災で台湾からの義援金が一番大きかったのも本当に良く理解出来た。台湾に行って、もっと良い人にならなければならないと反省さえした。心が洗われた3日間だった。

by kasuke : 09:39 | comment (0) | trackback (0)
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