2011年01月19日 (水)

2010・2月 フランス旅行・反省会

初めての、脱・アジア、フランスはとても良かった。行く前はドキドキしていたのに、すぐに慣れたし、フランスの人々に大変親切にして頂いた。時間が経っても、すべての場所、すべての時間が甘美に思い出されて、夢の中にいる、いたような気がしてくる。
しかし、こんな短期間ではフランスのほんの僅かな部分しか見ていない。行っていないところも多い。恒例の旅行後の一人反省会をしたいと思う。

1: エッフェル塔に上れなかった
実はフツーの観光には興味がないと期待していなかったし、実際、初めて遠くに見たエッフェル塔はくすんでいて、あれ、こんなものかと思った。が、あの夜、実際にエッフェル塔の下まで行ってみると、自分の考えは間違っていたと分かった。その美しさ、力強さにとりつかれてしまった。今ではエッフェル塔のアクセサリーやグッズの幾つかが部屋などを飾る。東京タワーも良いと思っていたけれど、エッフェル塔を見てしまった今、ワタシには雲泥の差になってしまった。次は階段とエレベーターで上がるのは勿論、外の公園で一日中エッフェル塔を見て過ごしたい。

2 : サンマルタン運河を船で行けなかった
冬場のクルージングは予約制であることもあり、また、時間が掛かるので回避した。その時間を他に使おうとしたのだ。歩いて見る運河も良いが、地下部分は船でなければ行くことができない。安全に楽しむことのできる数少ないパリの地下世界なのだ。次回は船でバスティーユに出て、うろうろしたい。

3 : カタコンブに行かなかった
お墓と思っていたが、その歴史も面白いことを、帰国後読んだ本からも知ったり、お墓だけでなく、地下道も垣間見られると知った。パリのれっきとした地下世界ということをもっとちゃんと意識しておくべきだった。

4: ノートルダム寺院の上に行けなかった
行こうとしたのに、ストだったので仕方のないことではあるのだが、やはり残念。ネットで愛らしいガーゴイルくん達の写真を探しては見る日々だ。

5 : シャンゼリゼ通りを歩かなかった
お店には興味はないのだが、その様子を知っておくのも悪くないと今は思う。


フランスで買って良かったもの :

1:カランバー
スーパーで大袋で購入。どうやら昔からある子供向けの駄菓子で、ソフトキャンディやキャラメルのようなもの。基本のキャラメル味よりフルーツ味がおいしかった。

2:各種お茶
スーパーでいろんなお茶を購入。沢山買ったので今でもずっとおいしく飲んでいる。

3:ヌテラ
ヘーゼルナッツ入りチョコレートクリーム。日本で買うと高いので。

4:駄菓子
ヌガーやマシュマロなど、駄菓子屋さんで買ったお菓子がとてもおいしかった。

5:パン
やはりおいしい。日本とどうしてあんなに味が違うのだろう。

6:ケーキ
これまたその辺のケーキがとてもおいしかったりする。


兎にも角にも、まだまだ行きたかったところなど反省点は一杯である。が、次の課題として取っておくのも良し。また、行くぞ! そして、とってもお薦めのフランス!

by kasuke : 16:46 | comment (0) | trackback (0)

2011年01月09日 (日)

2010・2月 フランス旅行・最終日(10日目)

初・ヨーロッパ、フランスも最後の日になってしまった。まだまだ行けなかったところや、もう一度行きたいところがあって、全然足りないな。飛行機の時間は昼過ぎだったので、午前中はホテル周辺を散歩することにした。

ホテルはサンマルタン運河に近いのでもう一度歩くことに。冬のフランスは夜が長いので、8時半頃にならないと明るくならない。外灯が運河に写る様子が大変美しい。橋の下には焚火するホームレス的な人も。最後にこの辺りを散歩して本当に良かったな。

ルピュブリック駅周辺に行くところで運河にお別れをして町に行く。信号待ちのある場所ではマンホールの様なところから地下に行く職員さんを目撃。出来ることならついて行きたいが、出来るはずもない。途中のパン屋さんで簡単に朝食。ワタシはすぐに目についたクロックムッシュー(小)とミルクコーヒーを注文。家人は店員さんに何かを尋ねて吟味して購入。だけれど、ワタシが選んだものを見てすぐに羨ましがった(^^;)。フランスの街角で食べるクロックムッシューはおいしいな。

最後の最後にもう一度モノプリに。買い足りないものを買う。家人はバケットを買ったりしている。
時間もなくなり、地下鉄でホテルに帰る。部屋には清掃しようとして辞めた痕跡が。受付のお姉さんにタクシーを呼んで貰う。電話なのに、自動音声であと15分で着くという答えが返ってくる。不思議なシステムだな。ホテルは新しくはなくて、きれいではなかったけれど、みんな気さくで良いホテルだった。便利な場所で割と安価。またパリに来ても泊まりたい。

タクシーで空港に。シャルルドゴール空港は余りに広くて、運転手さんにターミナル番号を聞かれるも分からない。ガイドブックに日本便の多いターミナルを見つけて、そこに行って貰う。荷物チャージも含めて、46ユーロ。ロワシーからパリ市内に入る時は荷物チャージはなかったのにな。まぁ、帰りの荷物はとても重かったですからな。
モニターに表示してあるターミナルに行くも、我々の便のチェックインカウンターはそこではなかった。空港のお姉さんがターミナル番号を教えて下さるのだが、フランス語に全くピンとこない。最後にお姉さんが英語で教えて下さって、それが「2E」であるとやっと分かった。カウンターに行ってチェックイン。荷物は二人でギリギリの重さ。お姉さんと二人同時にセーフのジェスチャー。

出国審査にも時間がかかるので早々に行く。後は搭乗するだけなのだが、乗るはずの飛行機が遅れている。中国からの便の到着が遅れているという。最後に駅の売店でお買い物。一時間位列に並んで待った後、やっと搭乗。しかし、日本にてインターネットで予約していた席ではなく、家人と離れ離れの席になっていた。乗務員にその旨を伝えて席を変えて貰う。日本から発つ全日の便が欠航だったこと、ニースに行く時のエンジントラブル、そして帰国時のトラブル。よく考えれば、案外エールフランスはトラブルの多いキャリアかも知れない。それでも我々はまだ良い方で、後に日本で再会したd夫妻は帰国便が飛ばなくて、その後のエールフランスの対応も「今日、帰国出来る人を発表しますー」という様ないい加減なものだったらしい。

帰りの飛行機も満員。機内食のフランス的なご飯もおいしかったが、フランス的な料理にはお腹の方が疲れ気味。ずっとはしんどいな。
無事に日本に到着。日本は暖かい。
フランスはあっと言う間で、夢の様だった。また、いつか行きたいな。

by kasuke : 18:02 | comment (0) | trackback (0)

2011年01月04日 (火)

2010・2月 フランス旅行・別行動の日(9日目)〜その2

地下鉄の駅で先にワタシが電車に乗って別れた。ワタシの目的地はノートルダム寺院である。先日行ったのだが、上に行っていなかったので、一人行こうとしたのだ。し、しかし、行ってみると、悲しい張り紙「strike」。今回、フランスに来る前にあったルーヴル美術館などのストライキにも、良くあると聞く公共交通のストライキにも遭わなかったのは好運であったが、ここで遭ってしまった。寺院の上にいるガーゴイル君達に近づくことができなかった。ノートルダムでなくてもガーゴイルはあるし、下から見上げることはできるのだけれども、ノートルダムの上で頬杖をついたりしてパリを見下ろしているガーゴイル君達は何とも可愛らしいではないか。それが、今回行くことができなかった。次回のお楽しみに取っておくしかない。
大変なお楽しみが叶わなかったので、意気消沈してその辺をうろうろ。パリお土産物屋さんが何軒か出てきたので、そこで絵はがきやメモ帳、無念のガーゴイルのマグネットを購入。それからどうしようかと思いつつ、何となくルーブルに向かう。そう言えば、ポンヌフの橋を渡っていなかったなとポンヌフを一人渡る。今までは遠くから見ただけだったので、これは家人に自慢できると写真を数枚撮る。「ポンヌフの恋人」の橋はセットだったそうだけれど、良くできたセットですな。でも、実際はあんな風に人は滞在できそうにもない。それとも、時代が変わっただけで、以前はあんな風に橋に滞在する人もいたのだろうか。
ルーヴルの地下にはショッピングモールのようなものがある。そこで少しだけ両替した。今思うと、結局使わなかったお金で、レートも良くなかったので、無意味であった。それなら、ノートルダム近くにあった両替商でやっておけば良かった。もう一度ルーヴルに入ろうかとも思ったが、時間がないので、家人との待ち合わせ場所に向かった。うむ、別行動時間はあっと言う間であった。
家人との待ち合わせは、オルセー美術館のマティスの絵の前であった。こちらもミュージアムパスで入館。待ち合わせの時間まで絵を観る。お目当てのドガの絵が見あたらない。他の絵はあるのだが。見たい絵は世界のどこかに出張中かもしれない。そうしていると、待ち合わせの時間前に、何の絵の前だったか、マネの絵だったか、家人がワタシの肩をトントンした。こんな人混みの中で良く見つけたものである。家人曰く、待ち合わせ場所であるマティスの絵がないそうだ。あぁ、家人が見つけてくれて良かった。絵はルーヴルよりもこちらの方が良いように思った。多くの絵がすぐ近くで、ゆったりと見ることが出来るという贅沢さ。日本の展覧会ではあり得ないこと。美術館を出ると、ムッシューが焼栗を日本語を含む各国語で売っていた。喉が渇きそうなので素通りしてしまったが、今思うと食べてみれば良かったかな。
お次は地下鉄で、家人が本で見つけたアイスクリーム屋さん。こんなところにも電車移動するのも一日券のお陰。メニューはフランス語も、単語は英語と同じものがあったり、最近は英語よりもフランス語の方が洋菓子やパンなどで使われていることが多いので、知っているような気がする単語が多い。ワタシは早くに決めたものの、家人は決めかねて、お店のお姉さんにアイスクリームがある店頭のフリーザーを見せに連れて行って貰っている。家人も決まったが、結果的には本に出ていた写真と同じものが良かった様子(^^;)。コーヒーも頂いてお店を出る。美味しくて、可愛らしいお店であったな。
最後にポンピドゥーへ。ここの駅は複雑で表示に沿って歩いていたつもりだったが、一向にそれらしくならないので、確かめてみるとやはり違う。あの表示が違ったのかな。ポンピドゥーは街の中にいきなり出てきた。思っていたよりも雑多な感じ。こちらもパスで入場。中も雑多な感あり。家人がフランス見たがっていたブラックなどもやっと見ることができた。
ポンピドゥーを後にして向かったのはオペラ座近くのモノプリ。お土産や夕食など購入。フランスのスーパーにある野菜は鮮度が悪いな。日本の野菜が鮮度が高すぎるのかもしれない。
ホテルに帰る前に近くのケバブ屋さんでポテトフライも購入。フランスは食べ物の量が多いな。ホテルにて夕食。今日もいろいろ行って、たくさん見たな。おやすみなさい。

by kasuke : 16:21 | comment (0) | trackback (0)

2010年12月25日 (土)

2010・2月 フランス旅行・別行動の日(9日目)〜その1

別行動といっても殆ど同じ行動をするのだが、別行動時間もあるのがこの日。
まずは地下鉄でラ・ヴィレット公園へ。家人曰くチュミの作品があるとのこと。通勤の人々に混じって行くと、赤い立方体があちらこちらに。うむー、キッズプラザの様な感じ。公園には人影もなく、我々だけ雪の中をしんしんと歩いて行った。早々に地下鉄に乗ってモロー美術館へ。ご、豪華なお家ですな。作品も一杯で贅沢なことではあるが、作品よりも2階のトイレ、3階の豪華らせん階段に注目してしまう。このらせん階段をくるくるするだけでも価値があるような気になってくる。トイレも行きたくなくても入ってみる価値有り。ワタシも珍しく、ここのショップでお買いもの。モローには勝てなかった。その後、家人は日本の友人にハガキを出すということで、モロー美術館にてハガキを書き、近くの郵便局で出すことに。その郵便局は簡易郵便局らしく、切手なども自動販売機にて売っていた。局員に日本へのハガキを見せて、出して欲しいというようなことを家人が言うと、局員はいくらの切手が欲しいのかと聞く。いやいや、航空便のハガキ代を知らないので出して欲しいのだが。少々、間が空いて、結局、局員が適切な切手を売ってくれた。こんな郵便局は初めてだな。他の国でもすぐに受け付けてくれるのに。そういえば、切手シートにジダンのシートがあったな。。。
今日は多くの場所を訪問するので忙しい。お昼時間になったので、お昼を食べに。アジア料理が点在している地区があるので、そこまで地下鉄で行く。地下鉄一日券は便利ですな。外からお店をのぞき見したりして、家人はベトナム料理店に。ワタシはタイ料理店に入った。フランス的な料理に少々疲れていたので、ここはやはりアジア料理で落ち着きたい。お昼なのでパッタイを注文。それから店内をよく見たり、店員の話を聞いていると、タイ料理店ではあるが、ラオス人経営のタイ料理屋らしい。そういえば、ラオスもフランス領だったんでしたな。周りには当たり前だが、フランス人。フランス人はタイ料理をフォークとスプーンではなく、フォークとナイフで食べていた。うーん。そして、近くの大テーブルにいたフランス人青年達に料理が運ばれてくる。タイ料理はみんなで一つのお皿から取って食べるものだけれど、そのテーブルでは一人一品頼んだらしく、ソムタムだけを食べる人みたいな感じに料理が運ばれてきて、見ていて面白かった。そういえば、ガイドブックに、フランスでは分け合ったりしない(良くないマナー)みたいなことが書いてあった。本当なのかな。さて、パッタイはそんなにおいしくはなかった(残念)。マナーオも頼んだが、出てきたのは瓶詰めで売っている人工マナーオ。あぁ、タイ料理にあるまじきことである。ラオスではあんなに長閑な印象だったラオス人も店内ではみんな笑顔もなかった。その原因をいろいろ考えたが、最後に女将さんらしき人が笑顔で送ってくれた。一方の家人はフォーとチェーを頼んだらしく、味も大正解だった様子。この界隈には日本の漫画屋さんもあったので、今思えば、入ってみれば良かった。
その後はまずはモスク見学に。ここ5区のモスクも映画に出てきたところ。さて、何の映画だったっけ。その次に近くのリュテス競技場。ここもパリにあるローマ遺跡の一つだ。円形競技場で、この日は雪で一面真っ白。何があるわけでもないが、円形の競技場に「わー、ローマ遺跡」と一応思う。遺跡のその場所に立っていること自体で思うことあり。しかし、地球上の全ての場所は昔は違う何かであったわけだから、全ての場所で同じ感慨に耽ることが出来るはず。その実態が目の前にあるかどうかの点で違うが。
急いで次の場所へ。近くにあるアラブ研究所に行くのだが、ちょっと迷って、パリ第6、7大学に入ってしまう。受付のお姉さんに研究所の場所を聞いて引き返す。冬だからか、パリの大学は閑散としているな。アラブ研究所の受付のお姉さんはとても愛想が良くて、フランス語で何階に行けばよいか教えてくれた。分からないけれど、分かるような気がするフランス語。ここも人が少なくて、ゆっくり見ることができる。し、しかし、急ぎの旅の中においては割愛しても良い場所だったかもしれない。けれど、それも行かなければ分からない。
では、そろそろということで、ここから別行動に。地下鉄の駅で別れた。

by kasuke : 11:28 | comment (0) | trackback (0)

2010年12月13日 (月)

2010・2月 フランス旅行・ルーヴルの日(8日目)〜その2

次は市立近代美術館。先日も行ったのだが、マティスの「ダンス」が時間切れで見られなかったので、再度行くことに。何度行っても、ここ落書きが酷くてその汚さに呆れる。今回は脇目もふらず、迷うことなく「ダンス」の部屋に。他の人もおらず、二人占め。何という贅沢なことだろう。

続いてオランジュリー美術館。勿論、ここにはモネの「睡蓮」があるわけで、最後に見に行くと、広い部屋の壁一面にある。中央の長い椅子に腰掛けて見たり、近くで見たり。ところで、ここの入り口にはちょっと面白いお兄さんがいて、入場するときには荷物検査に目を光らせていたのに、出るときには日本語で「またねー」なんて言ってくる。もしかしたら、日本人みんなに言っているかもしれない。

次は歩いてルーヴル美術館へ。外はずっと雪で歩くのもとても寒い。でも、雪の白いパリも良いものだ。冬は恐らく観光客も少ないので、日が暮れるのが早いのと、寒いのを除けば、旅に良い時期とも言えると思う。エッフェル塔のキラキラも早い時間に見ることができるし!

寒さに負けそうになり、ルーヴル宮の学校側から入ろうとするも、やはり無理であった。ちゃんとした入り口から入る。兎に角ルーヴルは広いので、計画的に回らなければならない。全て見ていたら何日掛かるか分からない。それを今回ほんの数時間で見ようというのだ。ピラミッドの下に美術館への入り口やクローク、案内所などがあるわけだが、とても近代的である。これが出来る前のルーヴル宮に行ってみたいものだ。どんなだったのだろう。家人がクロークに荷物を預けるのを待って、ミュージアムパスで入場。まずはギリシア美術。ミロのヴィーナスにはやはり人が多いな。これを目の前にするとは今まで思っても見なかった。広い空間にあるので、人が沢山いてもしっかり見ることができる。どんどん進んで、「ナポレオン一世の戴冠式」。あ、これがあの絵。思っていたより大きかった。そしてこの広間(廊下?)もそうだが、ルーヴル宮内はそれはそれは豪奢で絵以上に内装に目がいってしまう。よくぞここまで豪奢なものを作りました。壁、天井、階段、構造。全てに圧倒されてしまう。ここで人が暮らしていたのだなと想像すると、途方もない気持ちになる。そこに暮らしていた人々の気持ちや暮らしぶりが、自分と余りに違っていて、想像し難い感覚。宮中の衣服も窮屈そうだし、毎日のしきたりも大変そう。広くて豪奢なルーブル宮の中を毎日の日常として歩くなんて。美術館としてなら、何ともなく歩いてしまうが、当時を想像しながら歩くと気が遠くなりそうなのだ。

さて、そうする内に着いたのは「モナ・リザ」。ここも人が少なくて一番手前で見ることが出来る。昔日本に「モナ・リザ」が来た時、それは大変な人だったと聞くし、ルーヴル美術館でも人が一杯と聞いていた。が、この日は全然そんなことはなくて、いとも簡単に正面で見ることができた。「モナ・リザ」は絵がガラスに入っていて、更には柵が設けられていた。この絵にこれだけのことをするのなら、他にもする必要がある絵があるのではないかという気にもなってくる。それからも家人と共に色々と見て回っていたのだが、そろそろルーヴル内別行動ということに。ワタシはまずナポレオンの部屋に。おぉ、かなりの豪奢な部屋である。こんな部屋で暮らしていたのかなぁ。何故かここには人が少ない。時間がないので、さらりと見て、次の目的地へ。ルーヴルで一番のお楽しみ、地下の遺跡である。地下には中世の要塞の遺跡があり、それを目指して小走りした。きれいに整えられており、美しい中世の石垣を見ることができる。こんな所にルーヴルは建てられたのだな。ここにもそんなには人がいないので、割と一人気分で中世を堪能できる。家人との待ち合わせは地下の案内所付近であった。その前にルーヴルの売店で本を購入した。実はフランスで唯一買った本がこれである。もう物を増やしたくないので、本などは買っていないのだ。昔なら沢山購入したであろうに。その本は「パリの地下 paris souterrain」というちょっとした小冊子で地下の写真が沢山載っている。それはそれは美しいパリの地下の様子が見て取れる。石を切り出した跡は地下ドームの様に広い。パリの下にこんな大きな空洞があるなんて。そして、切り出された跡には岩の柱が残るのだが、それがゴシック調の柱風になっていて、美しい。また、地下水の様子が途方もなく美しい。本当にこの地下への観光ツアーでもあれば喜んで参加したい。流石にこれを自力で行くのは危険過ぎる。家人と落ち合う。家人はというと、ベラスケスなどのスペインの間に走ったらしい。パリでスペイン絵画。

もの凄いスピードでルーヴルを見た跡には、先日ロンシャンで出会ったdご夫妻と夕食の約束をしていた。北駅近くのあるホテルで待ち合わせしており、そのホテルは探すのに多少時間が掛かったが、何とか会うことができた。地下鉄に乗って18区にあるアフリカ料理店に。が、本で見つけたこの店はいくら探してもない。あるはずのところにない。近くのお店の人に聞いても分からない。あるはずのところには別のアフリカ料理店がある。そのお店に入って尋ねてみると、本で見つけたお店はそこだと言う。うむー、看板の名前が違うぞ。でも、マダムはそこだと言う。家人が英語で何か食べられるかと聞くが通じないので、ワタシがもう一度英語で言うと、英語は話さないとマダム。そこで、フランスに来る前ににわか勉強したフランス語で聞いてみる。「ココデ食ベテルコトデキマスカ?」マダムは笑顔で「oui」。あぁ、良かった。にわか勉強しておいて良かったー。ここではアフリカ餅「フトゥ」を楽しみにしていた。他にもクスクスなど。が、何のおかずと食べて良いか分からないので、これまたにわかフランス語で聞いてみる。マダムはいろいろ教えて下さった。注文も済み、お話しながら料理を待つ。が、後から入ってきたカップルに先に料理が行ってしまった。暫く待つと沢山料理が出てきた。お餅にクスクス、魚料理に鶏料理。お餅は暖かいと思っていたら、冷たい物であった。しかし、魚も鶏も大変おいしい。実は今回食べた料理の中では一番記憶に残るおいしいものであったかもしれない。日本でももっと気軽にアフリカ料理が食べられないものだろうか。そして、この店には暖房がなく、とても寒かった。後から来たカップルも何も言わないし、我々も寒いとは思いつつ、お話などでさほど気にならなかった。後から日本でd夫妻と再会出来たときに、あの店は寒かったと笑い話にもなった。料理にかなり満足して、お店を出た。18区は治安がそんなに良くないと書いてあったが、特にそう思うことはなかった。ただ、お店の名前が変わっていたことがとても不便であった。それもご愛嬌。

地下鉄に乗ってホテルに帰る。d夫妻とは乗換駅でお別れ。フランスで偶然お会いすることが出来てとても良かったな。嬉しかったな。あの時のフランスを共有できる人達。

ホテルの横にあるマクドナルドでシェイクを買ったような気がする。フランスのシェイクは基本がバニラしかなく、トッピングを選ぶものであった。ワタシは適当にカランバーなるものを選択。家人はトッピングのそれぞれを店員さんに見せて貰ってから選択。家人はよりおいしそうなものを探求できる人だな。さて、その結果は、家人が吟味して選んだものの方が当たりであった。そのカランバーとはフランスの昔からある駄菓子のようなものだが、これについてはまた後で。

今日も色々行ったな。お休みなさい。

by kasuke : 00:03 | comment (0) | trackback (0)
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