2006年12月31日 (日)

久々の韓国・二日目(その2)

大長今テーマパーク「チャングムテーマパーク」はソウルの北、楊州にあるMBCの撮影所にある。チャングムの撮影が行われたところがすっかり観光地化されているのだ。そこに向かうにはまず地下鉄1号線の議政府北部駅で降り、そこからバスなどで行く。歩道橋を渡ってバス停に行く。30番のバスで行くという情報だけ知っていたのだが、どうやらそのうちの数少ない数本しかMBS方面には向かわないそうだ(「ゴルフ場行き」に乗ればよかったようだ。そこまで覚えていなかった...)。バス停には日本人らしきカップルが一組おられ、ちょうどそこにタクシーの技師さん(韓国ではこういう)が15,000ウォンでどう?と来られた。うーん、と考えていると、ワタシと家人、そしてもう一組のカップル二組一緒に乗って、一組7,000ウォンで良いと言い始めたので、4人で合意してタクシーに乗り込んだ。が、今思うとせめて12,000ウォンに交渉しておくんだったと後悔。。。

撮影所に着くと、ゲートで一旦停止。料金所のアジョッシがどこの国の人か聞いて来る。技師さんに日本人と聞くと、料金と交換に日本語のパンフレットを手渡してくれる。車に乗ったまま料金支払いができるのですな。入場料は5000ウォン也。

大長今テーマパークさて、降りると、あら〜♪あるではないですか。まずは出演者の手形で作られたレリーフのようなものがお出迎え。それをさらに行くと宮殿の正門みたいなところから入って行く。おぉとハン尚宮様が駆け寄り、抱き合うシーンの場所ではありませんか。様々な場所に代表的なシーンの写真パネルがあり、説明文もある。こんなに狭いところで撮影していたのだなぁ。水刺間なんて本当に狭い。また、同じ場所で様々なシーンが撮影されているのだなと分かる。建物の裏側は勿論暗い。が、そうした場所でもいろんなシーンが撮影されている。ライトというのはありがたいものだなぁ。狭くても広く見えるように工夫もされている。例えば、例の長今とハン尚宮様がそれぞれ母の親友・親友の娘であることを知り駆けて行くシーン。勿論セット内ではあっと言う間だが、様々な場所をつないで広い宮中を駆ける感じがある。

大長今テーマパーク王様とミン・ジョンホが弓を射る場所も驚くほどに狭い。こんなところで弓を射っては弓が木々に当たるではないかと思うほどだ。木の下に隠された甘酢がある東屋の柱には日本語を始め、中国語、アルファベットで落書きがしてあり大変に残念。中にはタイ語の落書きまであった。ここでは酢のことばかりが気になり、長今がお母さんの手紙を隠したところをチェックし忘れてしまった。

見て回った後にはお土産屋さんへ。本当は扇子が欲しかったのだけれど、店員に聞いてもなかったので、書物型メモ帳1500ウォンを購入。余り期待していなかったのだけれど、開けてみたら、韓国語、中国語、平仮名の3種類で「オナラ」の歌詞が書いてあったので、ちょっと感動。ただし、メモ帳として使えそうにもなくなった。

大長今テーマパーク撮影所を見て回り、現在日本に帰って思うこと。行った時には「あぁ、こうなっているのか」「こういう感じか」「ここがあれか」という気持ちが強かった。が、今日本に帰りまた「大長今」を見ると、「あ、ここはあそこだ!」と感慨が一層深い。実際に撮影所を見ているので撮影した場所や角度などがよく分かる。よく分かった今、もう一度撮影所に行き、一日掛けて撮影の時のカメラ位置で写真を撮りたい、家人に正しい位置に立ってもらって撮りたい。などなど、ドラマを見ながらより一層また行きたいなどど思ってしまうのだ。撮影所はいつかは壊されてしまうであろうから、この願いが叶うかどうかは分からない。

この日はもう一つ行く目的地があったので、撮影所も名残惜しいが帰ることに。
あぁ、もう一度、もう一度行きたい。

by kasuke : 01:27 | comment (0) | trackback (0)

2006年12月17日 (日)

久々の韓国・二日目(その1)

友達の家にはカーテンがない。サンスクリーンのような薄い物はある。が、我が家のように完全遮光の中で眠る我らには光が眩しくて目が覚める(本来はこうして太陽と共に目覚めるのが健康的なのかもしれないが)。昨夜は夜だったので周りが見えなかったけれど、改めてアパートの周辺も見てみると、ベッドタウンだというのがよく分かる。畑の真ん中に乱立するアパート群。この辺も以前は田園地帯だったようだが、ベッドタウン化が激しい。韓国にはこうして同じような高層アパートがいくつもいくつも建っている。昔から韓国らしいと思って見て来たが、それがさらに郊外へと広がっている。

2日目は楊州のMBC撮影所に早速行くことにしていた。今回の目的をまず果たさなければ。友達の家を早めに出ようとしたけれど、ラッシュアワーだからと諭され、遅めに出かけた。竜仁市からソウル中心部までバスで1時間半。途中、バスの中で地図を広げっていたら、ネット新聞社に働くという紳士に声を掛けられた。しばし歓談・互いに写真撮影しているとバスに酔ってしまった。友達の家にいると甘えてしまって英語の方を多用していまうが、外に出ると韓国語だけ。実は韓国に出かける前に少し韓国語をやっておこうとしたのだが、結局やらなかった。何年も話す機会はなかった。が、話してみると案外忘れていたような韓国語も浮かんでくる。おぉ、気がつかないうちに頭が韓国語仕様に変わっているみたいだ。自分にちょっと驚く(笑)。

楊州に行く前に鐘路の「永豊文庫」に寄って、「the bud rock concert」のチケットを購入しておく。今回、これを狙った訳ではないのだが、幸運にも紫雨林も出るジョイントコンサートが旅行期間中にあったのだ。あぁ、(家人のためにも)良かった、良かった〜。
無事チケットも確保し、食堂で家人はキムパプ、トッポッキ。ワタシはチョルミョンを食べて今回の第一目的地「チャングムテーマパーク」へ向かう。

by kasuke : 21:43 | comment (0) | trackback (0)

2006年12月10日 (日)

久々の韓国・一日目

11月末、久々の韓国旅行。23日が祝日で25、26日はお休み。金曜日と月曜日にお休みを貰って海外旅行に行くことにした。が、短いので、家人と話し合い、今回は韓国ということになった。また、このごろ我が家は「大長今」で盛り上がっており、人気も下火になれば「大長今テーマパーク」は取り壊されるので行くなら今なのだ。

航空券は18900円。関空使用料2650円、仁川空港は3400円(!)、燃料費は4600円に保険料600円。航空券以外が高いな。が、希望の時間帯で取ることもできたのでまずまず。

さて、仕事を1時前に終えて急いで関空へ。電車で行くと途中岸和田城なども見えてくる。機内では「大長今ダイジェスト」をやっていたのでそれを楽しむうちに、あっと言う間に仁川空港。

仁川空港は何だかだだっ広いな。両替も済ませ、夕食を摂る。空港でキムチポックンパブやチャヂャンミョンなどを食べるけれど、高くておいしくない。。。空港で夕食を食べたのは友達の家に泊めてもらうので食事を済ませておこうという気持ちであった。
その友達は韓国人で20年来の友達である。20年も前、日本の音楽雑誌のペンパル募集コーナーに彼女の名前が載っていたのだ。それにワタシが手紙を出した。初めて会ったのは10年目くらいであっただろうか。手紙で互いのことはよく知っていたので、初めて会うのに初めての気がしなかったものだ。

友達の家は竜仁市にあり、そこまでは空港バス。友達は最近引っ越しをして初めて行くところでもあるのでバスの運転手さんに着いたら教えてと頼んでおく。が、着いてみたら運転手さんのアナウンスで実に簡単に降りることができた。
そしてバスを降りると友達の旦那さんが車で迎えに来てくれていた。旦那さんとは7年ぶりくらいに会う。お互いに「パンガウォヨ〜」と再会を喜ぶ。

韓国らしいベッドタウンみたいなアパート群のひとつにある家に着くと、友達と1歳になる娘が迎えてくれた。人見知りが激しい娘も交えながら、近況報告。友達の旦那さんと我が家人は初対面である。あぁ、久々に会えて本当に嬉しいな。友達も旦那さんも変わっていない。娘も大変に可愛らしい。あぁ、本当に嬉しいな。
明日に備えてこの日はこれでお休みなさい。

by kasuke : 00:53 | comment (0) | trackback (0)

2005年08月22日 (月)

そう言えば、

お盆に帰省していたとき、新聞を読むと、「スリランカ外相が殺害される」という見出し。誰がやったことかは分かっていないが、政府とLTTEの和平交渉は難しくなるであろうということ。・・・停戦がされていたのに・・。スリランカは去年の津波で大きな被害を受け、その多くはタミール人が多く住む地域で政府と協力して復旧しようということになっていたのに・・・。復旧が進まなければ、人々の生活は益々大変なことになるだろうし・・。・・・。
暫く、スリランカのニュースから離れていたので、気が付かなかったが、今もクラマトゥンガ大統領の政権が続いているのだな。

by kasuke : 16:45 | comment (0) | trackback (0)

2005年08月19日 (金)

phaasaa laao

ラオスではタイ語が十分に使えるので、ラオスを旅しても不自由は何一つない。メニューを見てもタイ語と似ているし、食文化も似ているので困らない。しかし、勿論、ラオス語はあり、タイ語と似てはいるが、タイ語ではない。
以前、ラオス近くに実家があるというタイ人にラオス語を教えて貰ったことがある。その時は、おぉ、似ているといった感想であったのだが、3年前にラオスに行ってみると、ビエンチャンだけだったのに、大変気に入ってしまった。みなさん、とても親切でスレていない。怪我をしたら、見知らぬ人がみんな親身に心配してくれる。穏やかな人々。食べ物も素材の味が楽しめておいしい。ビアラーオは世界レベルでおいしい。また行きたい国の一つだ(あ、この前「三大好きな国」などと書いてしまった。「四大」だ)。
先日、図書館でラオス語のテキストを借りてきた。今度ラオスに行ったら、タイ語でなく、できるだけラオス語を使ってみたい。いつまた行くかは分からないが、楽しみだ。

メーコンを挟んで、ビエンチャンの向こうにはタイのノーンカーイが見える。ラオスに急激な変化が来ないで欲しいと思うのは、ワタシの身勝手な考えだ。
ラオスで怪我をしたとき、ビエンチャンで一番と思われる病院に行った。ワタシより酷い怪我に人がいるのに、外国人の方が優先された。また、その病院で対応できないものは、ノーンカーイに運ばれるそうだ。こうしたことを考えると哀しい。十分な治療が自国でできるようになることを願う。。。

余談だが、ラオスを出国するとき、謎の料金「出国税」みたいなものを払った。友好橋にバスが来ていたので、急いでいたのだが、未だに謎だ。。。

by kasuke : 17:51 | comment (0) | trackback (0)
 1 |  2 |  3 | ALL
HOME
▲PAGETOP