2011年12月23日 (金)

2011・12月 台湾旅行(行く前に)

ずっと今年はどの国に行こうかと思っていた。去年のフランスはとても良くて、今でもずっとフランスかぶれは治らないし、タイにも久しく行っていないのでタイのお母さんにも会いたい。韓国も行っていないので、友達の娘の成長も楽しみだ。スリランカの友人にもずっと誘われているし。

そんな風に思っていたら、あの震災があった。被災していない我々が元気に普通に生活・経済活動しなければと思いつつも、実際にはそんなに遊びに行こうという気が起こらなかったのも事実である。

が、次第に台湾という地が浮かんできた。今までは特に行きたいところに上がっていなかったところだ。震災でもの凄い膨大な義援金を下さった台湾。ある番組で金美鈴氏が海外旅行にはその台湾に是非行ってくださいとも仰っていた。そして、関西ローカル「マヨブラジオ」の慰安旅行に台湾が選ばれその様子を見たら、とても行ってみたくなった。更には、一度やってみたかった週末ショートトリップ。職場にお休みを貰わなくても良い旅行。感謝と興味、距離に時間。全てが合致して今年の旅は台湾に決まった。

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台湾観光局にも出向き、故宮博物館の無料入場券と空港の免税店でのお土産引換券を頂いた。そこにはブラックマヨネーズのお二人のサインも飾ってあった。番組もここでお世話になったのだなと思うと何だか嬉しくなった。

フランスの前の仏語勉強は熱心にやったのだが、今回は中国語の挨拶と数字だけ。行ったことのある人みんなから台湾では日本語が上手な人が多いと聞いたこともあってか、全然熱心ではなかった。
そして、ワタシの大腿骨頸部にはボルトが入っていて出国審査時にブザーが鳴るからと主治医に言われ、その証明書も貰っておいた。

今回の航空会社はジェットスター。当初予定していた日程では安い料金で取ることができそうになかったので、予定を少しずらして12月初旬とした。二泊三日。台湾滞在時間、正味一日ちょっと。荷物もリュックだけとかなりお手軽。久々の身軽海外旅行。初・週末ショートトリップ。初・台湾。行ってきます。

2011年01月19日 (水)

2010・2月 フランス旅行・反省会

初めての、脱・アジア、フランスはとても良かった。行く前はドキドキしていたのに、すぐに慣れたし、フランスの人々に大変親切にして頂いた。時間が経っても、すべての場所、すべての時間が甘美に思い出されて、夢の中にいる、いたような気がしてくる。
しかし、こんな短期間ではフランスのほんの僅かな部分しか見ていない。行っていないところも多い。恒例の旅行後の一人反省会をしたいと思う。

1: エッフェル塔に上れなかった
実はフツーの観光には興味がないと期待していなかったし、実際、初めて遠くに見たエッフェル塔はくすんでいて、あれ、こんなものかと思った。が、あの夜、実際にエッフェル塔の下まで行ってみると、自分の考えは間違っていたと分かった。その美しさ、力強さにとりつかれてしまった。今ではエッフェル塔のアクセサリーやグッズの幾つかが部屋などを飾る。東京タワーも良いと思っていたけれど、エッフェル塔を見てしまった今、ワタシには雲泥の差になってしまった。次は階段とエレベーターで上がるのは勿論、外の公園で一日中エッフェル塔を見て過ごしたい。

2 : サンマルタン運河を船で行けなかった
冬場のクルージングは予約制であることもあり、また、時間が掛かるので回避した。その時間を他に使おうとしたのだ。歩いて見る運河も良いが、地下部分は船でなければ行くことができない。安全に楽しむことのできる数少ないパリの地下世界なのだ。次回は船でバスティーユに出て、うろうろしたい。

3 : カタコンブに行かなかった
お墓と思っていたが、その歴史も面白いことを、帰国後読んだ本からも知ったり、お墓だけでなく、地下道も垣間見られると知った。パリのれっきとした地下世界ということをもっとちゃんと意識しておくべきだった。

4: ノートルダム寺院の上に行けなかった
行こうとしたのに、ストだったので仕方のないことではあるのだが、やはり残念。ネットで愛らしいガーゴイルくん達の写真を探しては見る日々だ。

5 : シャンゼリゼ通りを歩かなかった
お店には興味はないのだが、その様子を知っておくのも悪くないと今は思う。


フランスで買って良かったもの :

1:カランバー
スーパーで大袋で購入。どうやら昔からある子供向けの駄菓子で、ソフトキャンディやキャラメルのようなもの。基本のキャラメル味よりフルーツ味がおいしかった。

2:各種お茶
スーパーでいろんなお茶を購入。沢山買ったので今でもずっとおいしく飲んでいる。

3:ヌテラ
ヘーゼルナッツ入りチョコレートクリーム。日本で買うと高いので。

4:駄菓子
ヌガーやマシュマロなど、駄菓子屋さんで買ったお菓子がとてもおいしかった。

5:パン
やはりおいしい。日本とどうしてあんなに味が違うのだろう。

6:ケーキ
これまたその辺のケーキがとてもおいしかったりする。


兎にも角にも、まだまだ行きたかったところなど反省点は一杯である。が、次の課題として取っておくのも良し。また、行くぞ! そして、とってもお薦めのフランス!

2011年01月09日 (日)

2010・2月 フランス旅行・最終日(10日目)

初・ヨーロッパ、フランスも最後の日になってしまった。まだまだ行けなかったところや、もう一度行きたいところがあって、全然足りないな。飛行機の時間は昼過ぎだったので、午前中はホテル周辺を散歩することにした。

ホテルはサンマルタン運河に近いのでもう一度歩くことに。冬のフランスは夜が長いので、8時半頃にならないと明るくならない。外灯が運河に写る様子が大変美しい。橋の下には焚火するホームレス的な人も。最後にこの辺りを散歩して本当に良かったな。

ルピュブリック駅周辺に行くところで運河にお別れをして町に行く。信号待ちのある場所ではマンホールの様なところから地下に行く職員さんを目撃。出来ることならついて行きたいが、出来るはずもない。途中のパン屋さんで簡単に朝食。ワタシはすぐに目についたクロックムッシュー(小)とミルクコーヒーを注文。家人は店員さんに何かを尋ねて吟味して購入。だけれど、ワタシが選んだものを見てすぐに羨ましがった(^^;)。フランスの街角で食べるクロックムッシューはおいしいな。

最後の最後にもう一度モノプリに。買い足りないものを買う。家人はバケットを買ったりしている。
時間もなくなり、地下鉄でホテルに帰る。部屋には清掃しようとして辞めた痕跡が。受付のお姉さんにタクシーを呼んで貰う。電話なのに、自動音声であと15分で着くという答えが返ってくる。不思議なシステムだな。ホテルは新しくはなくて、きれいではなかったけれど、みんな気さくで良いホテルだった。便利な場所で割と安価。またパリに来ても泊まりたい。

タクシーで空港に。シャルルドゴール空港は余りに広くて、運転手さんにターミナル番号を聞かれるも分からない。ガイドブックに日本便の多いターミナルを見つけて、そこに行って貰う。荷物チャージも含めて、46ユーロ。ロワシーからパリ市内に入る時は荷物チャージはなかったのにな。まぁ、帰りの荷物はとても重かったですからな。
モニターに表示してあるターミナルに行くも、我々の便のチェックインカウンターはそこではなかった。空港のお姉さんがターミナル番号を教えて下さるのだが、フランス語に全くピンとこない。最後にお姉さんが英語で教えて下さって、それが「2E」であるとやっと分かった。カウンターに行ってチェックイン。荷物は二人でギリギリの重さ。お姉さんと二人同時にセーフのジェスチャー。

出国審査にも時間がかかるので早々に行く。後は搭乗するだけなのだが、乗るはずの飛行機が遅れている。中国からの便の到着が遅れているという。最後に駅の売店でお買い物。一時間位列に並んで待った後、やっと搭乗。しかし、日本にてインターネットで予約していた席ではなく、家人と離れ離れの席になっていた。乗務員にその旨を伝えて席を変えて貰う。日本から発つ全日の便が欠航だったこと、ニースに行く時のエンジントラブル、そして帰国時のトラブル。よく考えれば、案外エールフランスはトラブルの多いキャリアかも知れない。それでも我々はまだ良い方で、後に日本で再会したd夫妻は帰国便が飛ばなくて、その後のエールフランスの対応も「今日、帰国出来る人を発表しますー」という様ないい加減なものだったらしい。

帰りの飛行機も満員。機内食のフランス的なご飯もおいしかったが、フランス的な料理にはお腹の方が疲れ気味。ずっとはしんどいな。
無事に日本に到着。日本は暖かい。
フランスはあっと言う間で、夢の様だった。また、いつか行きたいな。

2011年01月04日 (火)

2010・2月 フランス旅行・別行動の日(9日目)〜その2

地下鉄の駅で先にワタシが電車に乗って別れた。ワタシの目的地はノートルダム寺院である。先日行ったのだが、上に行っていなかったので、一人行こうとしたのだ。し、しかし、行ってみると、悲しい張り紙「strike」。今回、フランスに来る前にあったルーヴル美術館などのストライキにも、良くあると聞く公共交通のストライキにも遭わなかったのは好運であったが、ここで遭ってしまった。寺院の上にいるガーゴイル君達に近づくことができなかった。ノートルダムでなくてもガーゴイルはあるし、下から見上げることはできるのだけれども、ノートルダムの上で頬杖をついたりしてパリを見下ろしているガーゴイル君達は何とも可愛らしいではないか。それが、今回行くことができなかった。次回のお楽しみに取っておくしかない。
大変なお楽しみが叶わなかったので、意気消沈してその辺をうろうろ。パリお土産物屋さんが何軒か出てきたので、そこで絵はがきやメモ帳、無念のガーゴイルのマグネットを購入。それからどうしようかと思いつつ、何となくルーブルに向かう。そう言えば、ポンヌフの橋を渡っていなかったなとポンヌフを一人渡る。今までは遠くから見ただけだったので、これは家人に自慢できると写真を数枚撮る。「ポンヌフの恋人」の橋はセットだったそうだけれど、良くできたセットですな。でも、実際はあんな風に人は滞在できそうにもない。それとも、時代が変わっただけで、以前はあんな風に橋に滞在する人もいたのだろうか。
ルーヴルの地下にはショッピングモールのようなものがある。そこで少しだけ両替した。今思うと、結局使わなかったお金で、レートも良くなかったので、無意味であった。それなら、ノートルダム近くにあった両替商でやっておけば良かった。もう一度ルーヴルに入ろうかとも思ったが、時間がないので、家人との待ち合わせ場所に向かった。うむ、別行動時間はあっと言う間であった。
家人との待ち合わせは、オルセー美術館のマティスの絵の前であった。こちらもミュージアムパスで入館。待ち合わせの時間まで絵を観る。お目当てのドガの絵が見あたらない。他の絵はあるのだが。見たい絵は世界のどこかに出張中かもしれない。そうしていると、待ち合わせの時間前に、何の絵の前だったか、マネの絵だったか、家人がワタシの肩をトントンした。こんな人混みの中で良く見つけたものである。家人曰く、待ち合わせ場所であるマティスの絵がないそうだ。あぁ、家人が見つけてくれて良かった。絵はルーヴルよりもこちらの方が良いように思った。多くの絵がすぐ近くで、ゆったりと見ることが出来るという贅沢さ。日本の展覧会ではあり得ないこと。美術館を出ると、ムッシューが焼栗を日本語を含む各国語で売っていた。喉が渇きそうなので素通りしてしまったが、今思うと食べてみれば良かったかな。
お次は地下鉄で、家人が本で見つけたアイスクリーム屋さん。こんなところにも電車移動するのも一日券のお陰。メニューはフランス語も、単語は英語と同じものがあったり、最近は英語よりもフランス語の方が洋菓子やパンなどで使われていることが多いので、知っているような気がする単語が多い。ワタシは早くに決めたものの、家人は決めかねて、お店のお姉さんにアイスクリームがある店頭のフリーザーを見せに連れて行って貰っている。家人も決まったが、結果的には本に出ていた写真と同じものが良かった様子(^^;)。コーヒーも頂いてお店を出る。美味しくて、可愛らしいお店であったな。
最後にポンピドゥーへ。ここの駅は複雑で表示に沿って歩いていたつもりだったが、一向にそれらしくならないので、確かめてみるとやはり違う。あの表示が違ったのかな。ポンピドゥーは街の中にいきなり出てきた。思っていたよりも雑多な感じ。こちらもパスで入場。中も雑多な感あり。家人がフランス見たがっていたブラックなどもやっと見ることができた。
ポンピドゥーを後にして向かったのはオペラ座近くのモノプリ。お土産や夕食など購入。フランスのスーパーにある野菜は鮮度が悪いな。日本の野菜が鮮度が高すぎるのかもしれない。
ホテルに帰る前に近くのケバブ屋さんでポテトフライも購入。フランスは食べ物の量が多いな。ホテルにて夕食。今日もいろいろ行って、たくさん見たな。おやすみなさい。

2010年12月25日 (土)

2010・2月 フランス旅行・別行動の日(9日目)〜その1

別行動といっても殆ど同じ行動をするのだが、別行動時間もあるのがこの日。
まずは地下鉄でラ・ヴィレット公園へ。家人曰くチュミの作品があるとのこと。通勤の人々に混じって行くと、赤い立方体があちらこちらに。うむー、キッズプラザの様な感じ。公園には人影もなく、我々だけ雪の中をしんしんと歩いて行った。早々に地下鉄に乗ってモロー美術館へ。ご、豪華なお家ですな。作品も一杯で贅沢なことではあるが、作品よりも2階のトイレ、3階の豪華らせん階段に注目してしまう。このらせん階段をくるくるするだけでも価値があるような気になってくる。トイレも行きたくなくても入ってみる価値有り。ワタシも珍しく、ここのショップでお買いもの。モローには勝てなかった。その後、家人は日本の友人にハガキを出すということで、モロー美術館にてハガキを書き、近くの郵便局で出すことに。その郵便局は簡易郵便局らしく、切手なども自動販売機にて売っていた。局員に日本へのハガキを見せて、出して欲しいというようなことを家人が言うと、局員はいくらの切手が欲しいのかと聞く。いやいや、航空便のハガキ代を知らないので出して欲しいのだが。少々、間が空いて、結局、局員が適切な切手を売ってくれた。こんな郵便局は初めてだな。他の国でもすぐに受け付けてくれるのに。そういえば、切手シートにジダンのシートがあったな。。。
今日は多くの場所を訪問するので忙しい。お昼時間になったので、お昼を食べに。アジア料理が点在している地区があるので、そこまで地下鉄で行く。地下鉄一日券は便利ですな。外からお店をのぞき見したりして、家人はベトナム料理店に。ワタシはタイ料理店に入った。フランス的な料理に少々疲れていたので、ここはやはりアジア料理で落ち着きたい。お昼なのでパッタイを注文。それから店内をよく見たり、店員の話を聞いていると、タイ料理店ではあるが、ラオス人経営のタイ料理屋らしい。そういえば、ラオスもフランス領だったんでしたな。周りには当たり前だが、フランス人。フランス人はタイ料理をフォークとスプーンではなく、フォークとナイフで食べていた。うーん。そして、近くの大テーブルにいたフランス人青年達に料理が運ばれてくる。タイ料理はみんなで一つのお皿から取って食べるものだけれど、そのテーブルでは一人一品頼んだらしく、ソムタムだけを食べる人みたいな感じに料理が運ばれてきて、見ていて面白かった。そういえば、ガイドブックに、フランスでは分け合ったりしない(良くないマナー)みたいなことが書いてあった。本当なのかな。さて、パッタイはそんなにおいしくはなかった(残念)。マナーオも頼んだが、出てきたのは瓶詰めで売っている人工マナーオ。あぁ、タイ料理にあるまじきことである。ラオスではあんなに長閑な印象だったラオス人も店内ではみんな笑顔もなかった。その原因をいろいろ考えたが、最後に女将さんらしき人が笑顔で送ってくれた。一方の家人はフォーとチェーを頼んだらしく、味も大正解だった様子。この界隈には日本の漫画屋さんもあったので、今思えば、入ってみれば良かった。
その後はまずはモスク見学に。ここ5区のモスクも映画に出てきたところ。さて、何の映画だったっけ。その次に近くのリュテス競技場。ここもパリにあるローマ遺跡の一つだ。円形競技場で、この日は雪で一面真っ白。何があるわけでもないが、円形の競技場に「わー、ローマ遺跡」と一応思う。遺跡のその場所に立っていること自体で思うことあり。しかし、地球上の全ての場所は昔は違う何かであったわけだから、全ての場所で同じ感慨に耽ることが出来るはず。その実態が目の前にあるかどうかの点で違うが。
急いで次の場所へ。近くにあるアラブ研究所に行くのだが、ちょっと迷って、パリ第6、7大学に入ってしまう。受付のお姉さんに研究所の場所を聞いて引き返す。冬だからか、パリの大学は閑散としているな。アラブ研究所の受付のお姉さんはとても愛想が良くて、フランス語で何階に行けばよいか教えてくれた。分からないけれど、分かるような気がするフランス語。ここも人が少なくて、ゆっくり見ることができる。し、しかし、急ぎの旅の中においては割愛しても良い場所だったかもしれない。けれど、それも行かなければ分からない。
では、そろそろということで、ここから別行動に。地下鉄の駅で別れた。

2010年12月13日 (月)

2010・2月 フランス旅行・ルーヴルの日(8日目)〜その2

次は市立近代美術館。先日も行ったのだが、マティスの「ダンス」が時間切れで見られなかったので、再度行くことに。何度行っても、ここ落書きが酷くてその汚さに呆れる。今回は脇目もふらず、迷うことなく「ダンス」の部屋に。他の人もおらず、二人占め。何という贅沢なことだろう。

続いてオランジュリー美術館。勿論、ここにはモネの「睡蓮」があるわけで、最後に見に行くと、広い部屋の壁一面にある。中央の長い椅子に腰掛けて見たり、近くで見たり。ところで、ここの入り口にはちょっと面白いお兄さんがいて、入場するときには荷物検査に目を光らせていたのに、出るときには日本語で「またねー」なんて言ってくる。もしかしたら、日本人みんなに言っているかもしれない。

次は歩いてルーヴル美術館へ。外はずっと雪で歩くのもとても寒い。でも、雪の白いパリも良いものだ。冬は恐らく観光客も少ないので、日が暮れるのが早いのと、寒いのを除けば、旅に良い時期とも言えると思う。エッフェル塔のキラキラも早い時間に見ることができるし!

寒さに負けそうになり、ルーヴル宮の学校側から入ろうとするも、やはり無理であった。ちゃんとした入り口から入る。兎に角ルーヴルは広いので、計画的に回らなければならない。全て見ていたら何日掛かるか分からない。それを今回ほんの数時間で見ようというのだ。ピラミッドの下に美術館への入り口やクローク、案内所などがあるわけだが、とても近代的である。これが出来る前のルーヴル宮に行ってみたいものだ。どんなだったのだろう。家人がクロークに荷物を預けるのを待って、ミュージアムパスで入場。まずはギリシア美術。ミロのヴィーナスにはやはり人が多いな。これを目の前にするとは今まで思っても見なかった。広い空間にあるので、人が沢山いてもしっかり見ることができる。どんどん進んで、「ナポレオン一世の戴冠式」。あ、これがあの絵。思っていたより大きかった。そしてこの広間(廊下?)もそうだが、ルーヴル宮内はそれはそれは豪奢で絵以上に内装に目がいってしまう。よくぞここまで豪奢なものを作りました。壁、天井、階段、構造。全てに圧倒されてしまう。ここで人が暮らしていたのだなと想像すると、途方もない気持ちになる。そこに暮らしていた人々の気持ちや暮らしぶりが、自分と余りに違っていて、想像し難い感覚。宮中の衣服も窮屈そうだし、毎日のしきたりも大変そう。広くて豪奢なルーブル宮の中を毎日の日常として歩くなんて。美術館としてなら、何ともなく歩いてしまうが、当時を想像しながら歩くと気が遠くなりそうなのだ。

さて、そうする内に着いたのは「モナ・リザ」。ここも人が少なくて一番手前で見ることが出来る。昔日本に「モナ・リザ」が来た時、それは大変な人だったと聞くし、ルーヴル美術館でも人が一杯と聞いていた。が、この日は全然そんなことはなくて、いとも簡単に正面で見ることができた。「モナ・リザ」は絵がガラスに入っていて、更には柵が設けられていた。この絵にこれだけのことをするのなら、他にもする必要がある絵があるのではないかという気にもなってくる。それからも家人と共に色々と見て回っていたのだが、そろそろルーヴル内別行動ということに。ワタシはまずナポレオンの部屋に。おぉ、かなりの豪奢な部屋である。こんな部屋で暮らしていたのかなぁ。何故かここには人が少ない。時間がないので、さらりと見て、次の目的地へ。ルーヴルで一番のお楽しみ、地下の遺跡である。地下には中世の要塞の遺跡があり、それを目指して小走りした。きれいに整えられており、美しい中世の石垣を見ることができる。こんな所にルーヴルは建てられたのだな。ここにもそんなには人がいないので、割と一人気分で中世を堪能できる。家人との待ち合わせは地下の案内所付近であった。その前にルーヴルの売店で本を購入した。実はフランスで唯一買った本がこれである。もう物を増やしたくないので、本などは買っていないのだ。昔なら沢山購入したであろうに。その本は「パリの地下 paris souterrain」というちょっとした小冊子で地下の写真が沢山載っている。それはそれは美しいパリの地下の様子が見て取れる。石を切り出した跡は地下ドームの様に広い。パリの下にこんな大きな空洞があるなんて。そして、切り出された跡には岩の柱が残るのだが、それがゴシック調の柱風になっていて、美しい。また、地下水の様子が途方もなく美しい。本当にこの地下への観光ツアーでもあれば喜んで参加したい。流石にこれを自力で行くのは危険過ぎる。家人と落ち合う。家人はというと、ベラスケスなどのスペインの間に走ったらしい。パリでスペイン絵画。

もの凄いスピードでルーヴルを見た跡には、先日ロンシャンで出会ったdご夫妻と夕食の約束をしていた。北駅近くのあるホテルで待ち合わせしており、そのホテルは探すのに多少時間が掛かったが、何とか会うことができた。地下鉄に乗って18区にあるアフリカ料理店に。が、本で見つけたこの店はいくら探してもない。あるはずのところにない。近くのお店の人に聞いても分からない。あるはずのところには別のアフリカ料理店がある。そのお店に入って尋ねてみると、本で見つけたお店はそこだと言う。うむー、看板の名前が違うぞ。でも、マダムはそこだと言う。家人が英語で何か食べられるかと聞くが通じないので、ワタシがもう一度英語で言うと、英語は話さないとマダム。そこで、フランスに来る前ににわか勉強したフランス語で聞いてみる。「ココデ食ベテルコトデキマスカ?」マダムは笑顔で「oui」。あぁ、良かった。にわか勉強しておいて良かったー。ここではアフリカ餅「フトゥ」を楽しみにしていた。他にもクスクスなど。が、何のおかずと食べて良いか分からないので、これまたにわかフランス語で聞いてみる。マダムはいろいろ教えて下さった。注文も済み、お話しながら料理を待つ。が、後から入ってきたカップルに先に料理が行ってしまった。暫く待つと沢山料理が出てきた。お餅にクスクス、魚料理に鶏料理。お餅は暖かいと思っていたら、冷たい物であった。しかし、魚も鶏も大変おいしい。実は今回食べた料理の中では一番記憶に残るおいしいものであったかもしれない。日本でももっと気軽にアフリカ料理が食べられないものだろうか。そして、この店には暖房がなく、とても寒かった。後から来たカップルも何も言わないし、我々も寒いとは思いつつ、お話などでさほど気にならなかった。後から日本でd夫妻と再会出来たときに、あの店は寒かったと笑い話にもなった。料理にかなり満足して、お店を出た。18区は治安がそんなに良くないと書いてあったが、特にそう思うことはなかった。ただ、お店の名前が変わっていたことがとても不便であった。それもご愛嬌。

地下鉄に乗ってホテルに帰る。d夫妻とは乗換駅でお別れ。フランスで偶然お会いすることが出来てとても良かったな。嬉しかったな。あの時のフランスを共有できる人達。

ホテルの横にあるマクドナルドでシェイクを買ったような気がする。フランスのシェイクは基本がバニラしかなく、トッピングを選ぶものであった。ワタシは適当にカランバーなるものを選択。家人はトッピングのそれぞれを店員さんに見せて貰ってから選択。家人はよりおいしそうなものを探求できる人だな。さて、その結果は、家人が吟味して選んだものの方が当たりであった。そのカランバーとはフランスの昔からある駄菓子のようなものだが、これについてはまた後で。

今日も色々行ったな。お休みなさい。

2010年11月20日 (土)

2010・2月 フランス旅行・ルーヴルの日(8日目)〜その1

残りのフランス滞在日はすべてパリをうろうろすることに。二日半で行きたいところすべてを回れるはずもないので、選択しなければならない。
まずはベルヴィル公園に向かった。この公園を上がったところに、あるパン屋があるのだ。我々はフランスに行く前に映画「赤い風船」を見ており、その主人公が眺めたり、通ったりするパン屋がそこに残っているという。ワタシはその前に公園のトイレへ。改修中であったが、使えるらしく、作業員のムッシューが手振りで教えてくれた。あぁ、ありがたや。出る時にもムッシューがいたので、「merci」と家人のところに向かった。家人は勿論写真撮影に楽しそうである。お店の様子は映画そのままで感動である。お店の中に入って見ると、お店のムッシューが一人。写真を撮っても良いかと家人が尋ねると快く承諾してくれた。そして、映画のことを訊くと、知らないということ。もはや古くて知らない人も多いのだな。ケーキを買って、ありがとうとお店を後にした。
歩いてビュットショーモン公園へ。この公園には があるというのだが、広い公園でそれを探すには我々には時間がなかった。この公園には中国人が多く、至る所で太極拳をしていた。
次はワタシの希望の場所、サンマルタン運河だ。フランスに行く前にこの運河がきっかけでパリには広大で且つ美しい地下世界があることを知った。その地下世界の一つがこの運河だ。ナポレオンが作らせたという地下を行く運河で船での運河ツアーもあるのだが、冬の間は予約しなければならないし、水位の異なる水門を通るので時間が掛かる。時間さえあれば予約してのんびりと船に乗るのだが、それは次回のお楽しみ。またフランスに行こうという気にもなる。また、この運河は映画「アメリ」などでもお馴染みの場所でもある。水が流れる様子はとても美しい。場所によっては水位が歩道より少し高いところもある。白鳥がいたり、懐かしのキックボードに乗る女の子がいたり。運河の上に掛かる陸橋もやはりステキだ。途中、水門の水位を同じにして通過して行く船も見ることができた。更に歩いて行くと、運河が地下に入って行くポイントまで来た。あぁ、憧れのパリ地下世界。このまま地下に入って、バスティーユまで行きたいな。
続いてノートルダムに移動。寺院前の地下にクリプトがあり、そこにはローマ帝国時代の遺跡があるのだ。ここはミュージアムパスで入場。ノートルダム寺院のすぐ下にこんな遺跡があるなんて。そんなに広くはないけれど、気軽に寺院を見るついでにローマ遺跡に触れることができるので、是非訪れたいところ。クリプトのムッシューもマダムもみんな親切であった。
その次は引き続き、地下シリーズ。下水道博物館。こちらもパスで入場。川の近くに何てことない小さな入り口がある。実際に地下水が流れているところを見ることができる。流れが案外早いところもあるし、深そうなので、若干恐る恐る歩いたりもする。本当はもっとディープな地下を行きたいけれど、無理なことなので、この辺で我慢。出来ることなら、石を切り出した跡や水を溜めている地下などに行ってみたいな。

2010年10月12日 (火)

2010・2月 フランス旅行・サヴォア邸の日(7日目)〜その3

その夜行かなければならなかったのは、ビストロの「jadis」というお店であった。中心部からはちょっと離れたところにあるのだが、家人がネット上で見つけたところだ。何でも長野県出身の日本人男性がそこで修行をしているらしく、その方と何度か彼のブログでやりとりし、そこでの食事でもということになったらしい。予約もその方が前もってやってくださっていた。

さて、その店はちょっぴり寂しいところにあった。お店を見つけて入ってみると、中には人が一杯であった。人気のあるお店なのだな。ホールの店員さん3人も忙しそうだ。予約していたことを告げるとテーブルに注文を取りに来てくれたお嬢さんにムニュを日本から予約しましたと言う。ホールの3人の内、お嬢さんと一人のムッシュは淡々としていて、もう一人のムッシュは愛想が良かった。愛想の良いムッシュが飲み物を聞きに来てくれた。お水を頼む。どんなお水かと聞かれたので、手振りでボトルに入った普通のお水と伝えた。ボトルというフランス語は知らなかったが、前日のピザ屋さんでも通じたのがここでも使えた。
さて、料理が運ばれてきた。ここのお店も隣のテーブルとの距離がとても近い。近すぎる。テーブルを立つ時にとても困る。でも、近い。テーブルをより多く入れる方が大切なのだな。食べようとすると、お隣のマダムが「ボナペティ」。メルシーとにっこりして食べ始めた。うーん。おいしいな。料理を持ってきてくれる度に料理の説明をしてくれる。聞き取れる単語は少ししかないが、目の前に現物があるので何となく分かったような気になる。さて、いろいろ料理が進んでいく。初めの何口かはとても「おいしい〜♪」なのだが、そればかり食べ進んでいくと、バターに負けてくどいと感じ始めてしまう。しかし、周りのフランス人は我々と同じメニューの人でもそんな感じは見受けられない。今までのどこのレストランでもそうだったが、やはり日本人とフランス人では馬力が、胃が違うようだ。残念ながら、我々はあんな風には食べられない。
デザートは二種類出てきた。案外大味だ。それともバターに疲れたからか。一番最後に一番愛想の無かった男性のホール係の人がお皿を下げにやって来た。日本語で「お気に召しましたか?」。日本人の彼から習ったのだろうか。一番愛想の無かった人からの予想だにしなかった言葉だった。
食事の後にトイレに行ってからホテルに帰ることにした。家人は日本人スタッフに挨拶をしていた。お店を出るときもホールの3人は忙しく働いていて、お嬢さんにやっとお礼を言って出ることができた。ずっとお客さんがいて、人気店なのだな。

ホテルに帰る。あぁ、今日は比較的ゆっくりとした日だったのだが、お腹がとっても疲れた。今日もいろいろ行ったな。お休みなさい。

2010年10月11日 (月)

2010・2月 フランス旅行・サヴォア邸の日(7日目)〜その2

パリまで RER で帰るのだが、切符を買う際、窓口で問題なく買うことができた。RER は行き先を言って窓口で買うのが旅行者には確実だなと一人思う。ホームに行くと来るはずの列車が何らかの問題で来ず、次の列車に乗ることになった。凱旋門のところまで行くつもりが、訳も分からず、サンラザールの駅に着いた。家人がサンラザール駅周辺もちょっと見てみたかったと少しだけうろうろ。その後コンコルド広場へ移動。オベリスクのところまで行く。広場は広いな。一番初めにコンコルド広場だと勘違いした広場は何だったのだろう。マリーアントワネットなどもここで処刑されたのですな。。同じ場所にいるなんて。
それからマドレーヌ教会に行き、少しだけ見学して柱の下で持っていたパンを食べる。フランスでは地下鉄構内、車内、歩きながら等、いろんなところで食べる人を見かける。ワタシは歩きながら食べるのは苦手だけれど、多様だなと感じる。
この日はちょっとしたお買い物日。教会の後にはオペラ座方面に向かった。ユニクロ・パリ店に行ってみようというのだ。が、なかなか場所が分からない。ふと見るとフランス駄菓子のような屋台がある。100gで1ユーロだっただろうか、量り売りだ。おいしそうなお菓子を適当に選んで買う。おおよそ500円程度。そんなに量は入れたつもりはなかったが、結構高いな。ついでに、お店のムッシューにユニクロの場所を聞いてみる。こちらのムッシューはユニクロ自体をご存知なかったので、merci と言って再びうろうろと探し始めた。すると、交差点にユニクロの袋を手にした日本人らしきご婦人を発見。日本語で尋ねてみると、とても丁寧に教えてくださった。とっても嬉しいな。教えて頂いた通りに道を行くと、ユニクロの小さな看板が出てきた。お向かいにはラファイエットがある。ユニクロを探すのにおいて、日本と同様、ソウルと同様に目立つ看板であろうと想像して探していたのだが、パリ店のユニクロはとても小さい看板であった。うむー、町の景観を配慮しているのですな。店内は日本のユニクロと違って若干分かりづらく、歩きにくかった。しかし、店内のフランス人は殆どお店の透明バックに何枚も衣服を入れている。いろいろ見て回って、家人がカバンを購入。少々の雨にも濡れないしっかりしたカバンだ。それまで家人は布のカバンを肩から提げていたので、雨の日など濡れるのが気になっていたらしい。レジで家人が買う様子をカメラで撮っていたら、レジのお姉さん達がそれに気がついて、にっこりとポーズを取ってくれた。あぁ、またまた merci だ。嬉しいな。因みにここにはトイレはなかった。

お次はお向かいのラファイエットに。大きい百貨店ですな。若干、百貨店というよりショッピングセンターのような雰囲気の部分が細かいところに見える。我々はスーパーに行き、お土産用のお菓子やお茶を購入した。ここでやっとトイレに行く。トイレ前には飲料水も置いてあり、とても便利であった。フランスではトイレ確保はちょっとした問題だ。

ラファイエットの用事も大体出来たので、地下鉄でパッシー駅へ。この駅すぐにビル・アケム橋がある。「ラスト・タンゴ・イン・パリ」等で出てくる橋だ。橋からはエッフェル塔も見える。この橋周辺でちょっぴり浮かれて写真を数々撮って、対岸に渡った。橋から見るエッフェル塔の美しいが、ビル・アケム橋の上を走る地下鉄の中からエッフェル塔を見ることもしておけば良かったなと後悔。

対岸に渡ってからエッフェル塔を目指した。綺麗にライトアップされたエッフェル塔。エッフェル塔は真下にも歩いて行かれて、下から見上げることもできる。鉄筋は太いものが使われていて、塔自体、骨太に見える。あれれ? 数日前に遠くからみたエッフェル塔はちょっと古ぼけた感じで期待したほどじゃないなんて感想だったのに、間近に来たら、その存在感に圧倒されてしまう。この上なく美しい。1889年にオープンしたそうだけれど、そんな時代に鉄筋でよくこんな凄いものを造ったな、図面を書いたな、構造を計算したな、と、とにかく凄い凄いと言葉にならない。あぁ、時間があれば上にも行ったのに。階段で行ったのに。残念ながら我々にはその夜行かなければならない場所があった。エッフェル塔の下はとても広い。一瞬、家人はワタシを見失った。家人は焦ってワタシの名前をエッフェル塔の真下で大声で叫んでいた。ワタシはそれを見て、すぐに家人の処に行った。家人を焦らせて申し訳なかったが、エッフェル塔の真下で大声で人の名前を叫ぶのも悪くないなと今思ったりする。

2010年10月10日 (日)

2010・2月 フランス旅行・サヴォア邸の日(7日目)〜その1

昨日はロンシャンに行って帰ったのだが、この日はパリの郊外ポワジーにあるコルビュジエのサヴォア邸に行った。朝方、ベッドメーキングのチップ用に1ユーロがないので、近くのスーパーに何か買いに行こうとすると、家人が地下鉄一日券も買えば良いからと自分が行くと言う。帰って来た家人はオレンジを手にしていた。切符は買おうとしたものとは別の物であった。いつもとは違うゾーンを希望していたが、その一日券はないのだそうだ。窓口のマダムとかみ合わず問答したらしく、別の窓口に行って、十分に納得していつもの一日券を購入したらしい。
まずはポワジー目指して出発した。地下鉄でシャルル・ド・ゴール・エトワール駅に行き、RER に乗り換える。ここで RER の切符を買わねばならないが、そこにある券売機では買い方がわからない上に、現金でなくカードしか使えないものであった。通りで皆んな買うのに時間が掛かっていた訳だ。我々は大きい改札に向かった。結局、そこでも RER の切符の買い方が分からず悩んでいたら、横の券売機で切符を購入中のムッシューが「do you need help?」と助け船を出してくださった。そこで初めて RER の切符の買い方が分かった。ムッシューのお陰で無事に切符を買うことが出来き、merci とお礼を言ってふと見ると、有人の窓口が目に入った。(もしかして、韓国と同じで券売機でも窓口でも良いのかな)とふと思う。あぁ、ここでもフランス人のさり気ない親切。
電車に乗って、一応行き先を確認したいが、お隣のインド系の人は目を閉じている。仕方なくお向かいのムッシューに聞くと正しかったので安心して深く席に座った。

パリから少し出ると、和やかな緑が広がる。フランスの川はゆったりと流れていて、川の水面と左右の土地の高さが余り変わらないことに気付く。すぐに絵画で見る風景なんだなと思う。昔からそんなに風景が変わっていない部分かも知れない。日本の川はすっかり変わってしまった。左右はしっかりとブロックで覆われている。川に水は無くても幅は広い。そんな川ばかりではないが、子供の時から考えると姿が変わった川が多い。土地と水の高さが変わらないフランスの川のほとりに行ってみたい。

終点ポワジーに着くと、観光局の矢印があったので行ってみるが、閉まっている様子であったので、バスを調べてみた。バスの時刻表を見ていると、タバコを手にしたお嬢さんが英語で話しかけてきた。「do you need help?」。どうしようかなと思っていたら、サヴォア邸に行くのか、地図はいるかと尋ねる。それには「oui, oui」と即答。すると、お嬢さんはこちらだと手招きする。一緒に行ってみると、彼女が開けたドアの向こうは観光局であった。観光局の中は外からはまるで見えなくて、これでは休みだと思われても仕方がない作りだ。お嬢さんは観光局の人だったのだな。

地図を貰って、我々は歩き出した。行きは歩きにすることに。行く道は閑散としている。たまに人を見る。冬だから余計に人は外に出ないですな。町の至る所に魚の作り物が門などに付いている。だから、poissy という名前の町なのかな。

サヴォア邸は簡単に行きつけた。広い敷地の芝生のほぼ中央に建っている。緑と白。薄っすらと降った雪。美しい。昔からこんな風景だったのだろうか。日本の庭に慣れているからだろうか、広い芝生と周りにある木々とフェンスを見ると何も無くて寂しい様な、不安な様な気もして来る。季節が違えば、また違った印象を受けるかもしれない。

外からしっかり写真を撮った後、中に入る。中には多くの人がやって来ていた。親子連れであったり、建築の学生らしき人々。みんな、来るのですな。中庭もあり、広いリビングに波のような浴槽。でも、台所の流しは案外小さかったり。ワタシは父親が腕の大変良い指物師兼大工であるにも拘わらず、建築のことがよく分からないので、自分なりに見るしかないのだが、ここに住むことを想像してみる。荷物をどう置こうかと考えると、物を置くのが勿体ないようにも思えてくる。台所もちょっと使いづらいかなと思ったり、台所が少々隔離されていて、窓からの景色も寂しいのが気になったり。すっかり生活目線である。

見終えて外に出る。振り返ると、やはりそこにサヴォア邸。そこにあるのが不思議な感じがした。

帰りはバスに乗って駅まで帰ったのだが、バス賃はいくらだっただろうか、どうやって払ったのだろうか。全く覚えていないが、問題なく駅に帰った。

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