2010年09月26日 (日)

2010・2月 フランス旅行・ロンシャン(6日目)〜その3

リュールの駅で少し時間があったので、家人は町に行って撮影。ワタシは寒くて駅に残った。この辺りのフランス人は列車の時間ぎりぎりに来る人は少ない様に見える。パリに向かう娘と奥さんを見送るだんなさんと息子。行きの列車で一緒だった老夫婦。特に会話する訳でもなく、ただ列車を待っている。ワタシも余裕を持って行くたちなので、解る気がする。田舎の者に多い特徴だろうか。ほかにも、何をするでもない若者。何処でも光景は同じなんだな。
その頃、家人は町をうろうろしていた。途中、家の中から人が出て来て、怒られるのかと思いきや、撮った写真を見せてと言われ、何だか楽しげなこともあったよう。
列車の時間が迫って来た。家人が帰って来たので、それまで何故かワタシがやっていた切符の刻印をやって来てもらう。この刻印作業もそれが最後だものね。
さて、乗る車両だが、行きと同じ番号であった。帰りの便で何となくわかったのだが、車両がどこのあるかは、ホームにある車両番号を示す表があり、各自それを見て判断する様だった。表を見て、この辺だろうというところで待っていたら、その通りであった。内心、喜んで乗り込むと、朝と同じ車両で、我々が座っていた座席すぐ近くであった。残念ながら窓は絶望的に汚い。暫らくすると、切符のチェック車掌さんがやって来た。
「コルビュジエ?」と車掌さん。この列車でロンシャンに行く日本人が多いのかもしれない。
「oui」
「良かった?」
「oui, とても面白かったです」
「写真見てもいい? 行ったことないんだよ」
「あ、そうなんですか?」
仏語でも英語でもないような会話がスムースに続く。家人に頼んで写真を見せてあげた。「ありがとう」車掌さんは満足そうに行かれた。
この車掌さんだが、ちょっとフィギュアスケートはスイスのランビエール選手に似たステキな車掌さんだった。あんなに写真を撮る家人が行きの車掌さんは撮っているのに、帰りの彼は撮っていなかった。だからか、今尚、甘美な瞬間である。
パリには案外あっという間であった。あぁ、行ったな、夕食はお惣菜かなと思いつつ、東駅のホームを歩いていると、後ろから人が駆け寄って来た。礼拝堂で出会った日本人ご夫婦であった。あ、帰りも一緒だったんですねと、軽く夕飯をご一緒することにした。東駅の周辺は全く分からなかったので、ピザ屋に入った。ご夫妻はピザを、我々はパスタにした。このパスタが哀しい位おいしくない。昔あった市販の茹でスパゲッティといった感じである。ある意味、もう日本では食べられないものが食べられて良かったのかもしれない。というか、その後日本でもピザ屋のパスタは余りおいしくないことを学ぶ機会が何度かあった。
ご夫婦とフランスの旅のことや、仕事、出身地の話しなどをして、2日後、夕飯をご一緒しましょうと約束して別れた。ステキな人に出会えたな。
ホテルに帰る。その夜のデザートになにを食べたか、食べたのかどうか、もはや覚えていない。
今日も遠くに行ったな。お休みなさい。

2010年09月25日 (土)

2010・2月 フランス旅行・ロンシャン(6日目)〜その2

駅に帰って、ワタシはトイレに行った。有料だが、パリほど高くないし、何と言っても清潔であった。
やって来た列車は一両編成であった。が、その様子は近未来的なデザインで、窓は大きく、トイレもついていた。日本の一両編成の列車とは随分な違いだ。乗客は数えるほど。
さて、パン屋さんで買ったパンを食べる。普通においしいが、朝のパンの方がおいしかった。今回は家人の選択の方が正解だったようだ。
ロンシャンの駅に着くと吹雪の様に雪が降って来た。そこは無人駅で待合室の様なものもひとつ。寂しい光景かもしれないが、ワタシの実家周辺にはこん無人駅が多いので、返って親近感が湧いてくる。道を少し行くと、観光局の案内が出てきた。行ってみるも、昼休憩の時間帯。フランスは昼休憩が長くていいな。その隣には鉱山博物館もあり行ってみたかったが、時間もなく、例によってお昼休憩中であった。
が、礼拝堂への道しるべもあったのでとにかく行くことにした。
途中の道には誰もいない。冬のこんなに寒い日だから当たり前ですな。廃墟になったような礼拝堂を横目に黙々歩いて行く。ふと振り返るとロンシャンの街並みが見える。といっても、そんなに建て込んでいるわけではないので、これまた我が実家にも似ていて、更に親近感がわく。舗装された山道を歩いて行くと、礼拝堂入り口が見えた。我々が「おぉ〜」と感激していると、事務所からマダムが入場料はこちらよと手招き。入って料金を払ってふと見ると、朝の急行列車で同じ車両に乗っていた日本人御夫婦がいらしゃった。お二人は急行でずっとベルフォールまで行って、タクシーでロンシャンまで引き返されたのだそう。礼拝堂ももう見終わられて、帰りのタクシーを待っておられるところだった。この工程で行くと列車はずっと急行なのでサバーイでベルフォール観光ができるのだな。我らが選んだのは交通費が掛からない方であった。ロンシャンまで列車で、帰りはリュール駅までタクシーで帰り、急行でパリに帰る。家人曰く、最近リュールに急行が停まる様になったので、我々のコースも可能になったという。
それでは良い旅をとお二人に挨拶して礼拝堂に向かった。
その日はとても寒かったし、天候も優れず曇り空だった。礼拝堂はぽっかりと広いところにあり、それぞれの季節でそれぞれの美しさも見せてくれるだろうと想像できた。我々はじっくりと外観を見て回った。向かって右側にある小さな入り口から中に入った。家人は外でまだまだ撮影に没頭している。とても見たかったものの所に来たのだ。当然のことだ。入り口には堂内の撮影は禁止とあった。
中もしーんと寒く、人は我々だけだった。外観よりも中はずっと広い。横の色ガラスから光が射し込む。ワタシが気に入ったのは礼拝堂の奥にある小さな祭壇(?)で、高い天井にある天窓だけから光が射し込む様になっている。その光りの様子は壮麗で冷えた空気に似合っていた。遅れて入って来ていた家人がろうそくを捧げていた。途中シスターも入って来たが、普段はどこにいるのだろう。雪なので、長靴姿が可愛らしい。寒さに震えながら礼拝堂の中で暫らく過し、事務所に戻って行った。
事務所はショップでもあり、ワタシは礼拝堂がステンドグラス風にデザインされた何とも可愛らしいキャンドルスタンドのような物を自宅用と義実家用に買った。そしてポストカード。家人は何を買ったんだっけ。
事務所のマダムがタクシーを呼んであげようかと仰ったので、リュールまでお願いする。みんなタクシーで帰るのだろうな。すると、天気が一転して青空になった。家人は喜び勇んで、再び礼拝堂に走って行った。晴天での写真撮影に満足した様子であった。
タクシーがやって来た。女性の運転手さんにリュールまでお願いする。ロンシャンをこれだけで去るのは大変勿体ないと思った。リュールへの道には何もなく、そんなところに暫く滞在してみたいと思った。数少ない民家、広がる野山、我が故郷にも似ている。

2010年09月24日 (金)

2010・2月 フランス旅行・ロンシャン(6日目)〜その1

今日は遠出。列車でロンシャンまで6時間(電車待ち2時間込み)。ロンシャンには家人が行きたいル・コルビュジエの礼拝堂があるのだ。この日はホテルで朝食は取らず、すぐに東駅へ。7時11分の電車。昨日下見しておいたので迷ったりせず、余裕がある。東駅の地下で朝食を買う。ワタシはキオスクのようなコンビニでサンドイッチとマンゴー紅茶。家人は PAUL で購入。日本で購入しておいたチケットには車両番号、座席番号、窓側など書いてある。どの車両かと延々歩くも見つからない。適当なところで乗り込むが分からない。もう座っていた青年にチケットを見せて拙すぎる仏語で車両を尋ねると、とても親切に英語で我々の車両を教えてくれた。青年には若干訊かれて嬉しそうな感あり。merci! 我々は正しい車両に行き、座席に座った。長い車両には我々、お隣にフランス人おじさん、真ん中に他の日本人カップル。そのくらいで、ガラガラだ。満員を想像していたのに。列車は何のアナウンスも無く静かに発車した。外はまだまだ暗い。

家人が iphone を操作し始めると、お隣のムッシューが上にライトがあるからと点けてくれた。さり気ない親切。 merci。先ほど買ったパンを食べる。ワタシのはピタパン風でしっとりしていて、とてもおいしかった。家人はそれを大変うらやましがって、その後のフランスで何度か似たものを探そうとしていた。少しずつ明るくなってくると分かったのだが、窓がもの凄く汚い。洗車がまったくされておらず、外が余りよく見えない。家人曰く、1等車の窓はキレイだったらしい。我々は2等。うむー。フランス国鉄、全車両、窓だけでも洗って欲しい。。。そこで家人は最初の停車駅で窓を拭きに車外に出た。停車時間は2分だったので、ワタシは少々ひやひや。車窓には長閑な風景が広がる。フランスは農業国ですな。それは本当に大きな強みだ。日本は明らかに政策を間違っている。暫くすると車掌さんが切符のチェックにやって来た。チェックも一応あるんですな。その後、トイレに行くが、これまたとても汚い。何故、公共のトイレの多くはこんなに汚いのだろう。不思議でならない。

そうこうするうちに乗換駅のヴズーに着いた。ここで約2時間、ロンシャンに行く列車を待つ。駅から外に出るのに申告しないといけないのかなと思いつつ出てみると、特に駅員はいないし、例によって切符は回収されない。自由に出入りできるようだ。町に向かってあるく。人気がない。冬だから余計に人は出ていないのだな。日本の田舎の市みたいで好感が持てる。たまには人がいる。家人が通りの向こう側を撮ろうとすると、彼らはそれに気づいて止まってくれる。おぉ、merci 。とりあえず、町の観光案内所に行くが、閉まっている。外から覗いていると、マダムがわざわざ開けてこの辺に古い家があるよと地図を下さった。最後に国籍を聞かれた。海外からの観光客は余りいそうにない。さて、うろうろしてみる。
人気のない町ではあったが、かえって生活感が感じられる。観光客に荒らされていないというのだろうか。親しみが持てるし、街並みも美しい。ヴズーの町は今回のフランス旅行でも上位に入る気に行ったところなのだが、その良さを上手く言うことができない。何にもないけれど、生活が見えてくる。町のうろうろも列車の時間があるので、お昼ご飯など買うことに。まず、どこにもあるモノプリで物色。家人はチーズ等を購入し、ワタシはモノプリのエコバッグをお土産用にいくつか購入。フランスのスーパーでは商品すべてにスタンプを押してチェックする。購入したという証明になって良いけれど、やはり時間はかかる。因みにこのスタンプ方式の国は結構あるように思う。モノプリでは昼食になるものは買わず、近くのパン屋さんに入った。各自で好きなものを購入。ワタシはサンドイッチと何か(失念)。家人はサンドイッチとクロワッサン。家人はフランスに来てからクロワッサンが気になるらしい。小さなパン屋さんだったが、お客さんも多く、高校生のような男の子がお手伝いしていた。彼が会計してくれたのだが、それは爽やかな笑顔で対応してくれた。またしても merci だ。昼食も購入出来て、そろそろ列車の時間となった。
ヴズーには旅行者は余り行かないのかも知れないが、今回のフランス旅行でもポイントが高く、印象深い良いところであった。ロンシャンに行くなら、列車の乗り換え時間の間だけでもうろうろしてみては。人も親切で、素通りするのは勿体無い町だ。

2010年08月08日 (日)

2010・2月 フランス旅行・パリ(5日目)〜その2

シテ島から南に歩いて渡り、昼食を取ることに。どうもフランスでケバブが目に付く。たくさんお店があるのだ。我々が適当に入った路地にもケバブ屋さんが幾つかあり、どこにしようかときょろきょろしていたら、あるお店の人と目があって、手招きされた。素直に行く我ら。店内は狭い。各テーブル間も狭い。フランス人は体格が我々より大きいのに大変だな。ケバブサンドみたいなものを頼む。もれなくポテトフライが付いてくる。ポテトフライはそれは大量で、うむ、フランス人馬力が違うと、また実感。店内は様々な国籍のお客さんがいたが、皆さん難なく食べきっている。かく言うワタシもおいしく食べきった。
ご飯も食べて、次の目的地、中世美術館へ。ここには古代ローマ遺跡、浴場があるというので、それを楽しみに行った。こちらも第一日曜日なので無料。様々な彫刻やタペストリーが並ぶ。有名なタペストリーなどもあるが、さて、浴場は? 売店内で座って入場者数を数えているお姉さんに尋ねると、閉まっているとのこと。これまた浴場が展示部屋として使われているところが閉鎖中らしい。あぁ。帰国してからその写真を見ると、入りたかったなーと残念な気持ちになる。が、そのお姉さんは座って人数だけを数えている様子なので、話しかけたらとても嬉しそうで、プチ会話で盛り上がった。人数はちゃんと数えられていたかな。
外に出て遺跡の外観だけでもと柵越しに写真を撮って地下鉄に乗る。次はドラクロワ記念館。地下鉄一日券があるので近くても乗ってしまう。便利だな。お家が記念館になっており、主な展示は二階部分なので入場数が制限されているのか、階上を連絡を取りながら10人ずつぐらいで入っていく。こちらもこの日は無料なので、人も多い。庭にも行くことができて平日であれば落ち着いて見ることができるのではないだろうか。
続いて市立近代美術館。ここには家人の好きなマティスの絵「ダンス」がある。地下鉄を降りて外に出ると背後にエッフェル塔が。一瞬、あ!となるが、想像していたよりくすんでいる。エッフェル塔ってこんなものかと思いつつ、美術館へ。市立美術館だからか外の壁などにやたらと落書きが多い。汚らしくて呆れてしまう(が、市立美術館はパレ・ド・トキョーの一部で、外のその壁は落書き用の壁らしい。〜帰国後情報)。中はとても広々としたところである。余りに広くて「ダンス」がどこにあるのかすぐには分からず、家人が美術館のお姉さんに尋ねた。お姉さんは分からなかったようだが、すぐそばにいた男性が英語で教えて下さった。下に行ってすぐ左。merci! さて、下に行ったがひとまず他の作品から見て回るようだ。ここも展示数がとても多いのでしっかり見ると時間が相当かかる。すると途中で閉館のアナウンスが始まった。「ダンス」はまだ見ていないのに。「ダンス」の部屋の前に行ったが、もう部屋は消灯。慌てて出る我ら。が、家人曰く、他のは見なくても「ダンス」だけで良かったと。家人にはあの男性が教えてくれたのが分からなかったらしい(^^;)。ワタシはてっきり最後のお楽しみにするのかと思い。。。知らなかった。すぐに通訳するのだった。すまない。因みにここのトイレも汚かった。残念。
仕方なく歩いて建築・文化財博物館に向かう。そこには家人の好きなル・コルビュジェのユニテ・ダビタシオンの部屋の実物大模型があるらしい。歩いていると、対岸にエッフェル塔が。丁度18時頃でエッフェル塔のキラキラを見ることができた。キレイだな。カワイイな。博物館に着いたが、もう閉館時間まで僅かということで、入館は断られてしまった。残念。
さて、次はと、向かったのは凱旋門。ビエンチャンの凱旋門には行ったことがあるけれど、本物は大きいな(いや、ラオスの凱旋門もかなり良い。仏教的な飾りが可愛らしい)。地下道から凱旋門のところに行く。地下にチケット売り場はあるのだが、この日は無料の日なので素通りする。が、凱旋門の入り口に行くと、チケットが必要だという。むむ、もう一度地下に行き、0.00ユーロと刻印してあるチケットを貰いに行く。うーん、かなりの無駄ではなかろうか。必要であるなら、チケット売り場ですべての人に渡すべきだし、人数把握のためなら他の方法はいくらでもありそうだ。再度、凱旋門の入り口に。狭い螺旋階段を歩いて上る。途中、疲れて腰掛けている人もいる。一番上からはパリが見渡せる。すぐ下のシャンゼリゼ通りがまっすぐに通っている。遠くにはエッフェル塔が見える。ここでアジア人と西洋人のカップルにエッフェル塔を入れて写真を撮って欲しいと言われ何度か撮ったのだが、どうしても彼らが望む様に撮れない。もっと背の高い人に頼んだ方が良いかもしれない、ごめんなさいと伝える。我々は家人とタイマーでエッフェル塔を入れて撮影。その後、屋上をうろうろしていたら、先ほどのカップルが西洋人に同じように写真を撮って貰っていたが、やはり納得できる写真が撮れないようで、困っていた。凱旋門の下には無名戦士の墓があり、常に灯が点っている。こちらのトイレは位置が高いが、合格点。
シャンゼリゼ通りにあるとあるお店で夕飯にお総菜等を買って帰ろうとするも、場所柄結構なお値段である。早々に諦めて、ホテルに帰った。
ホテル近くのベトナム料理屋でお持ち帰り。味はなかなか良かったが、お店の女の子が呆れるほど無愛想である。ベトナムのベトナム人は全然そんなことないのになぁ。他にモノプリでデザートなどを買い、ホテルで夕食。
今日もいろいろ行ったな。明日は早い。お休みなさい。

2010年08月01日 (日)

2010・2月 フランス旅行・パリ(5日目)〜その1

今日からパリ! 我々のホテル「buttes chaumont」は安ホテルで、ホテル予約サイトでは散々な意見もあるにはあるが、別に悪いホテルではない。スタッフはみんな気さくで親切。高級ホテルみたいな制服を着たボーイさんとかはいないが、普通のホテルだ。無線LANもあるし、部屋はオンラインで管理してある。ちょっと残念だったのは、時間によってぬるま湯しか出ないのと、お風呂の栓がないこと、冷蔵庫がないことくらい。カーペットもキレイとは言えないし、椅子もほころびていたけれど、問題ない。電話もあるし、テレビもある。サイトに批判的意見を書いた人々は高級ホテルや日本のビジネスホテルのようなものを期待している人なのではないか。ゲストハウス的に思えば普通だし、良い方だと思う。パリでこの値段で泊まれるなんてとてもお得。次にパリに来ても、また泊まると思う。
朝食もついている。朝食はパンとジャム、飲み物だけ。でも、それで十分だし、パンがひたすらおいしい。そのパンだけで足りる。
パリはニースより寒い。そして、ニースより夜が明けるのが遅い。8時頃でもまだ暗い。地下鉄「jaures」の駅もすぐなのでとても便利である。すぐに市内へと行きたいところだが、実は翌日東駅から列車に乗るので、まずは東駅の下見に行った。朝7時11分の電車で乗り逃すと大変なことになる。それで、当日、もたつかなくても良いようにしておいたのだ。地下鉄の1日券を購入して東駅へ。東駅はヨーロッパのターミナルらしい駅であった。我々が日本で買っておいた列車のチケットもそのまま交換せずに乗れるということも分かった。時刻表などもゲットしたので、ようやく市内へ向かった。「chatelet」で降りシテ島に行くことに。シャトレ広場にあった柱の下にスフィンクスがあったので、思わず「コンコルド広場?」と興奮してしまった(勿論、後でそうではないと分かり、かなりがっかり)。まずはコンシェルジュリー。この日は第一日曜日だったので、多くの施設が無料になる。入るときにチケットと記念のカードの様なものを貰った。カードはマリー・アントワネットの肖像画だっただろうか。チケットには0.00ユーロと記してある。入り口でその半券をもらう。うむ、無料なのだから、チケット自体不要なのでは? 人数を把握したいのであれば、カウンターで数えれば良いのでは。またはカードの配布数で分かるのでは。疑問はいろいろあるが、気にせずセキュリティーチェックへ。衛兵の間の柱の様子が大変美しい。ここにはマリー・アントワネットの独房があったり、二階にも牢屋がある。歴史を感じない訳にいかない。因みにこちらのトイレは無料。まあまあ清潔。
次はお隣のサント・シャペル。こちらも日曜日は無料。セキュリティチェック有り。大きな礼拝堂ではないが、2階に上がるとあるステンドグラスはそれは見事である。良く作りました。。。フランスでも建物を見るだけで置く作ったなと感心する。実際に携わった、技術者、労働者、すごいな。カーペットの柄も面白い。美しさにくらくらしながらも次の目的地へ。因みにここのトイレも無料だが、清潔さは今一つ。
うっすらと積もった雪道を通り、花・鳥市場を横目にノートルダム大聖堂へ。こちらは塔以外は無料。中に入ると丁度ミサの最中であった。聖歌隊は後ろに控えていた。広い内部。こんな広い空間をよく作りました。この大聖堂の塔にも上がることができるのだが、時間もないので、後日の家人と別行動日に一人で上ることにする。ガーゴイル君達、待っていてくれたまえ! 大聖堂の先に入り口があるクリプトにも様子を見に行く。ローマ遺跡が地下にあるのだ。ここは後日ミュージアムパスで入ることに。
セーヌ川を徒歩で南側に渡り、昼食を取った。

2010年07月19日 (月)

2010・2月 フランス旅行・ニース〜パリ(4日目)〜その2

最終日にして初トラムは旧市街で降りて、その後、城跡へ。そこは小高い丘であった。旧市街から階段を上がり、振り向いて見える旧市街の様子は大変美しい。城跡に通じる道の途中には人工の滝もある。お城の遺跡もある。頂上にはおみやげ物屋さんもあり、市民の憩いの場所のようである。残念なことにここではトイレを見つけることができなかった。フランスではトイレ探しは重要である。別の道から海岸を目指して降りていくと展望台がある。そこから見る海岸線は絵画でも見慣れたものだ。初めて見る感覚ではないのが面白い。
さて、海岸に降りてみる。今まで普通に砂浜だと思っていた海岸は丸い石で敷き詰められていた。形の揃った丸い石なので人工ということ(確かにあとでガイドブックを見ると石だった)。石だと砂みたいに足に付くこともないので夏の海水浴には良いのかもしれない。この海岸線沿いには高級ホテルもあるらしいが、我々はそんなものには余り興味がない。
海岸で持っていたパンを食べて旧市街へ。途中発見したトイレは勿論有料だが、入り口に人がいるタイプだったので清潔であった。もう市場も終わっている時間だったので簡単にお店巡りをする。オペラ座近くにある可愛いおばあちゃんがやっている石けんのお店でお土産をいくつか買う。たくさんの石けんがあって迷ってしまう(しかし、この石けんには後日談が)。
時間となったのでホテルに帰り荷物を受け取りバスで空港に向かった。ニース空港は海沿いに有り、町からも近いのでとても便利で、光景も美しい。空港内ものんびりしていて長閑である。ニースともさようなら。寂しいな。のんびりと良いところだったな。
また途中雪山を見ながらパリへ。着いたのはオルリー空港。以前はフランス第一国際空港であったのだが、暗く、天井が低くて、これが第一国際空港だったのかと思うとなかなかの歴史が感じられて可愛らしい。パリ市内にはタクシーで。ホテルの住所を書いたメモを運転手さんに見せて「このアドレスにシルヴプレ」。フレーズ、覚えておきました。空港から市内へ向かう道の壁には途切れることなく落書きが描いてある。一体いつ、どうやって描いたのかと思うとその根性も凄いと思えてくる。またその落書きは日本でも壁に良くあるもので世界共通のデザインなのだなと分かる。市内に入ると、あ、ノートルダムが、あ、○○が。興奮してしまう。ホテルに着いた。タクシー料金は40ユーロ強。荷物チャージも取らなかったムシュー。
ホテルのフロントは二階。二人で1泊7000円弱のホテルである。気さくな青年がフロントに。今回このホテルを予約するのに二つの異なるホテル予約サイトから予約したので、途中から違う部屋になっていたが、ずっと同じ部屋にいることができるかと尋ねると、後でやっておくよと気さくに言う彼。このホテルの時点で挨拶以外は英語モード。パリは違うんだなぁ。夕飯はホテルのすぐ近くにあるマクドナルド。フランスで二度目のマクドナルドか。今回は普通のチーズバーガーにしたが、これも日本よりおいしい。何が違うのかなぁ。
その後お風呂に入ろうとするとお湯が出なくなった。時間制限かボイラーの関係かもしれない。でも、大したことではない。ぬるま湯で洗ってお休みなさい。
明日からはパリ!

2010年07月18日 (日)

2010・2月 フランス旅行・ニース最終日(4日目)〜その1

ニース最終日。この日は個人的に大変なことをしなければならない。この日の夜に着くパリのホテルに到着が夜遅いということを電話で伝えなくてはならないのだ。勉強したにわかフランス語で文章を作り、フランスに来る前にフランス語の出来る友人に直したりもしてもらった。言わなければならない事柄を紙に書き、間違ってはいけないので読み方も書いた。あぁ、緊張する。日本で普通の電話でさえ緊張するのに、フランス語で電話なんて。さて、パリに電話する。ホテルの人が出た。「ワタシは○○です。あなたのホテルに今夜から泊まる予定です。が、今夜10時頃に着きます」。通じたようだったが、やはり時間がちゃんと伝わったか心配だったので「アングレ、ok?」と英語に切り替え。もう一度時間を確認して、「メルシー、アビエント」と軽快に締めくくった(つもり)。懸念していた仕事終えたので、何やらやっと解放された気分。そして、前半のフランス語が何とか出来たのも嬉しかった。ワタシのにわかフランス語をちゃんとしたフランス語に直してくださったAさん、merci beaucoupです。
ホテルをチェックアウトして、荷物を夕方まで預かって貰う。とても気軽に預かってくれた。午前中はローマ遺跡、マティス美術館、お墓参りのあるシミエ地区へ。そこに行くバスに乗ろうと多くのバスが通りそうな大通りに行ってみるが、そこに行きそうなバスの番号が発見できない。どうしようかとうろうろしていたら、比較的ホテルに近いところにシミエ地区に行くバスを発見した。夕方には空港に行くので一日券を購入。そう言えば、バスの切符は一回乗りも一日券もなかなか立派で、カード大。紙製ではあるが、イラスト・デザインもちゃんとしている。それを貰って自分で刻印するのだが、それっきりで回収されない。一日券は仕方ないにしても、一回乗りは鉄道同様勿体ない気がしてならない。
バスや山の方に登っていく。目的地は一カ所にあるので降りるのも簡単であった。ローマ遺跡の競技場はこれまた改装中で柵が張り巡らされている。あぁ、ここでも入ることが出来なかった。が、柵の間から眺める。マティス美術館は広くて、人が少なくて、大変見やすい。初日に行ったマティスの礼拝堂、ロザリオ礼拝堂の模型などもあったり、絵で見慣れた椅子などもある。訪れる人もそんなにはいなくて、ゆったりと過ごすことができた。美術館を取り巻くようにローマンバスもある。本当はその遺跡まで降りて行きたかったが、どうやらその入り口は遠い反対側のようだったので諦めた。そしてお墓参りへ。デュフィとマティスのお墓があるという。デユフィのお墓は多くの人と一緒であった。見晴らしの良いところで寂しくなさそう。一方、マティスは一人だけ。特別感があるがちょっぴり寂しそう。
時間に余裕があるわけではない。次の目的地に向かう。町に戻ろうとバスに乗った。しかし、バスはシミエ地区の山から下りて、来たのとは反対に向かった。家人は正しいと言うが、絶対に反対方向である。どうするかと考えていたら、トラムの駅が見えた。今日買ったバスの一日券はトラムにも乗り放題なのですぐに乗り換えた。あぁ、これで無事に町に戻れると思って座っていたら、フランス人のお嬢さんが英語で話しかけてきた。ニースのトラムに関するアンケート調査だという。どこから来たか、トラムに乗った後の行き先などいくつかの項目を聞いて行かれた。外国でアンケートを聞かれるのも面白いな。またニースは外国人にも積極的にアンケートをしてより良いサービスを目指しているのだなと分かる。本来乗るはずではなかったトラムにも偶発的に乗ることができて、それなりに楽しかったな。

2010年07月04日 (日)

2010・2月 フランス旅行・夜のニース(3日目)〜その3

ニースに帰って、我々はプロヴァンス鉄道の駅に向かった。本当はその鉄道に乗って山の中に行ってみたかったけれど、如何せんそれをすると一日時間を取ってしまう。そんな時間的余裕は残念ながらなかったのだ。家人のある友人が我が実家に通じる福塩線の車窓を見て、「プロヴァンスがここにある」と言ったそうだが、この鉄道の車窓に似たものがあると何だか想像できる。それで駅だけでも見ておきたいと向かった。
さて、駅に向かう途中、鉄道の高架下を歩くと、その天井は青い青い照明であった。家人は「ニースブルーだ!」と教えてくれる。
プロヴァンスの駅はちょっと遠い。また夜で暗くて道も分かりにくい。ある路地で地図を持ってうろうろしていたら、後ろからご婦人が声を掛けて下さった。我々がプロヴァンス鉄道の駅に行きたいと分かると、場所をすべてフランス語で丁寧に教えて下さる。そして、さり気なくご婦人は帰路につかれた。あぁ、親切だなぁ。そしてすべてフランス語、良いなぁ。それで良いのだと思う。我々はご婦人の手振りと単語を頑張って聞き取って駅に向かった。キーワードは右、大きいスーパーマーケット、そして駐車場。何となく右に向かうと、スーパーマーケットと駐車場が出てきて、その向かいに駅があった。聞き取ったすべてがそこにあって、とても嬉しくなった。
プリヴァンス鉄道の駅は思っていたより近代的で簡素であった。想像していたのは古くて、石造りか木造のもの。随分違う。明日に備えてか停車していた列車も小さくて可愛らしい。列車を写真に撮っているとそれを見た人が笑っていく。駅で時刻表を貰って帰る。いつか乗る日が来るだろうか。
その後は夕食の為に歩いて旧市街に。家人がガイドブックで探してくれたお店を探すがなかなか見つからない。諦めかけた頃、やっと発見したが、満員で「予約してありますか?」と聞かれる。人気店なのだな。では、どうしようか、インド料理店もあるよとワタシが言っていたら、家人が別のお店を発見。そのお店もニース料理屋さんらしい。入るとそこも人で一杯。各テーブルは距離がとても近くて狭い。やっと座って注文する。ニョッキ、サラダ2種、ズッキーニのフリッター。我々の席の後ろに座っていた老夫婦さんが頼まれていたデザートの大きさにびっくりすると「とってもおいしいよ」と教えて下さる。料理がやってきた。うむ、一皿の量が半端なく多い。サラダ2種は多かったな。サラダはトマトがメインだったけれど、これが日本のトマトに比べておいしくない。というか、野性的な味。日本のトマトは食べやすく改良されているのかな。最近は甘いトマトもどんどん新しいものが出ている。フリッターはおいしかった。ズッキーニを縦に切って天ぷらにする大胆さにも驚いたが。ニョッキはビーフシチュー味みたいなものだったが、うむ... 食べるに従って辛くなる。が、お隣の若夫婦と娘さんの食事を見ると、一人一皿で小さな娘さんも一人で一皿のニョッキを食べている。それも軽々と食べ終わった。うむ、やはり小さい頃から体が違う、馬力が違うんですな。思い知りました。我々はと言うと、サラダを一皿余計に頼んだとはいえ、予想以上に食べることができなかった。申し訳なかったけれど、食べられない。お会計の時に注文時には若干無愛想だったご主人も満面の笑みで「good?」と聞いてこられた。我々は「oui!」フリッターおいしかったし。残してごめんなさい。
帰りに小さいお店でコーラを買って帰った。そこのレジでは「ジャポネ?」。答えは勿論「ウイ」。こんな簡単なフランス語も嬉しいな。今日もいろんな処に行ったな。お休みなさい。

2010年06月28日 (月)

2010・2月 フランス旅行・ヴァロリス(3日目)〜その2

ヴァロリスに向かうバスに乗って約30分。どうして降りるべき停留所が分かったのだろう。終点ではないのに、誰に尋ねなくても、何の迷いもなくバスを降りた。ガイドブックに書いてある停留所名が書いてあったのだろうか。もはや、まったく覚えていない。が、バスを降りて美術館に行こうとしたが、なかなか見つからない。ガイドブックにはバス停近くの「小さい階段」とある。バス停の少し先に階段があった。それを登って行く。とても良い雰囲気の民家が並ぶが、美術館であるお城がある様子はない。家人が階段を登って来た御夫人に尋ねると、違う方向を指差された。その方向に向かうと、少し広いところに出た。そこにはピカソの「羊を抱く男」。近くには観光案内所もある。案内所で地図を貰う。そして、お城は広場のすぐ横にあった。美術館の午後からの開館には時間があったので、美術館のショップの軒下で雨宿りをしながら、持っていたパンで昼食。
さて、ピカソ美術館は実は元々はヴァロリス城であった。その前は修道院だったそうだ。そのためだろうか、要塞感がまったくない。その城が現在はピカソ美術館、陶芸博物館、マニエリ美術館の3つになっている。美術館の午後からの開館時間になり、職員さん達も戻って来た。我々以外はみんな職員さん。まずはトイレを借りる。職員さんがトイレ近くまで案内して下さる。それから、展示をゆっくりと見て回った。我々以外は誰もいない。雨だから余計に人が来ないのだろうか。我々が美術館にいた間、誰も来なかった。若干、普段から人が少なそうな感あり。各部屋にいる職員さんに挨拶をして回る。お城の中をうろうろするのも面白い。
その後、敷地内の礼拝堂に向かう。そこにピカソの「戦争と平和」がある。礼拝堂は薄暗く、静まり返っている。入り口でチケットを見せる。奥に入った途端、我々は思わず「わー」とため息の様な感嘆の声をあげた。部屋の3面に様々な場面が描かれている。これには声をあげられずにはいられない。ヴァロリスに来た甲斐が大いに、大いにあった。実際にこんなものが見られるとは思ってもいなかった。アンティーブのピカソ美術館が閉館だったのはある意味、幸運だった。普通に開館していたら、もしかしたらヴァロリスには来ていなかったかもしれない。訪れる人の少ない美術館なので、我々はそれをずっと独り占めという、もの凄く贅沢な時間を過ごしたのだ。今、思い出しても、その時の興奮が蘇る。が、職員さんは流石に暇を持て余しているのか、我々に話しかけて来た。ワタシは拙いにも程があるフランス語で質問する。彼はフランス語と少しの英語で丁寧に説明してくれた。単語を頑張って聞き取って何となく理解。ここでも、彼の説明によって、見えなかったものが見えて来た。merci beaucoup である。見終わって外に出て、説明してくれた彼と写真を一枚。気軽に応じてくれた。きっと、いつも暇なんだろうな。ショップで買い物した後も、彼は外で見ていてくれた。我々は再度彼と立ち話をして別れた。最後まで手を振ってくれた。可愛らしい青年だな。
その後は町を散策。人気が殆どない。民家を見て回ったり、小さなお店屋さんで飲み物を買ったり。民家はそんなに大きくないし、窓が少ない気がした。中がどんな造りになっているのだろう。昔からのフランスの民家に入って見たい。美術館の彼もこんなところに住んでいるのかな。現代風の若者が昔ながらの家に住んでいる。それを想像するともの凄く面白い。日本のそれを同じだろうか。
元のお城がある広場に戻って来た。広場には小さな図書館もある。その向いには無料の(♪)清潔なトイレもある。ワタシはフランスに来てトイレ確認が常になっていた。すると、もの凄い雨だったのに、一転して濃い色の青空になった。家人はその色にひたすら感動している様子。それを「ニースブルー」というのだと教えてくれた。
ニースに帰る。広場の横に小さな階段があった。ガイドブックにあった「小さい階段」とはこれだったのだな。アンティーブ方向に向かう側のバス停すぐの階段であった。ニース行きのバスもあったかもしれないが、とりあえず、アンティーブに戻る事に。このヴァロリスのような小さな町に住むのはとても面白そうだなぁ。
アンティーブの駅でニースまでの切符を買う。切符を手配してくれた男性が我々がフランスに不慣れと思ってか時間とホームの番号を訊かないのに教えて下さった。ここでも merci !

2010年06月19日 (土)

2010・2月 フランス旅行・アンティーブ(3日目)〜その1

今日は雨。でも道行くフランス人の多くは傘をさしていない。何故だろう。濡れるのに。荷物になるからだろうか。ファッションのためだろうか。傘がないのだろうか。
この日はアンティーブに鉄道で行く。ニース周辺のどこに行くかいろいろ検討した結果、ピカソ美術館であるお城に行くことにした。その前にフランスの友人へのお土産をニースヴィル駅近くの郵便局から発送する。本来はパリで会いたかった20数年来のペンパルであるフランス人の友人だが、子供を出産したばかりで各種予防接種もまだなので、今回は会うことはできなかった。残念だが、もしも子供に悪い菌が感染したらという母親の心配は尤もだ。心配な危険は予め防がなければならない。さて、郵便局で小包を出す。窓口に並んで荷物を差し出す。窓口はすべてガラスか何か透明なもので遮られていて、映画館のチケット売り場の様に少し隔たり感がある。中身の申告書を書いて保険付きにする。料金は何と19ユーロ。日本の感覚からするとお高い。確かにフランスから来る封書にある切手を見てフランスの郵便料金は高いなと思ったことが何度かある。何とか発送できて一安心。
ニースヴィル駅に行ってアンティーブ行きの切符を購入。「pour Antibes, duex, s'il vous plait」哀しいが、もはや単語の世界。貰った切符は航空券くらいの大きなものであった。それを黄色い刻印機に差し込んでホームに行く。表示に沿ってホームに行ってみたものの、どの列車かよく分からない。きょろきょろしていたら、女性駅員が話しかけてどのホームかを教えてくれた。あぁ、merci です。因みにそのホームに停車していたのはどうやら TGV の様であった。何と TGV は幹線列車と同じ軌道を走るのですな。それであのスピード。日本は新幹線と幹線の軌道が分けてあるのだが、どちらが良いだろう。建設することにおいては同じ軌道の方が費用も掛からず時間も早い。区別してある場合は費用も時間も掛かるが、何かしらの事故や問題が起こった時、その影響をどちらもが受けにくい。列車に乗り込むが生憎の雨で窓ガラスが曇って外が余り見えない。
アンティーブに着いて駅を出るが、その際に切符の回収はない。あんなに大きな切符なのに回収しないとは紙が勿体ない気がする。町まで雨の中を暫く歩く。町の中心地の噴水前にある案内所で地図を貰う。雨は相変わらずだが、お城に向かった。お城に向かうに従って、町並みが古くなっていく。入り組んだ石畳の路地、昔の建物が観光目的でなく普通に使われている。大変美しい。前日のサン・ポールよりその様子は美しかった。海近くに出るとお城はすぐそこだ。が、様子が何だかおかしい。お城への入り口には妙な足場がある。もしやと思ったら、入り口方面から帰って来た観光客らしき人が「閉まってるよ」と教えて下さる。あぁ、昨日のマーグ美術館に引き続き閉館中。そこにあるのに、行くことの出来ないお城。まさに「城」ですな。
ということで、引き返す。途中あった市場に寄ってみるが、そろそろ店じまい時間になった様子。野菜や果物、チーズが並ぶ。まだ後があるので、何も買わず見学だけで終了。
その後、家人が国立ピカソ美術館があるヴァロリスに行こうと提案。アンティーブからバスで行くことができるらしい。バスターミナルでヴァロリスに行くバスを探してみるがどこにもない。今ではもうなぜ気がついたのか覚えていないが、噴水のところにあるバス停だと気づいて引き返した。バスは噴水広場の横でもなく、案内所の一画の横、普通のバス停に来るのであった。兎に角乗り込んでバス賃を払う。一人1ユーロ。
   

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