2010年06月09日 (水)

2010・2月 フランス旅行・ヴァンス(2日目)〜その3

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やはり行ってみなければ分からないものは多い。
サン・ポールの次には家人が最も行きたかったヴァンスにあるマティスの作ったロザリオ礼拝堂だ。サン・ポールからヴァンス行きのバスに乗って終点で降りる。そこから徒歩。行く前は修行の意味も込めての高いところにあるのかと思い、それなりの歩きを覚悟したのだが、暫く歩くと民家の間にぽつりと礼拝堂が出てきた。少々、拍子抜けの感あり。二車線の狭い道路なのに大きな観光バスも停まったりする。

100204_1407_rosalio.jpg礼拝堂の中は撮影禁止。入る前に家人は礼拝堂の屋根の上の十字架エントランスの装飾などを熱心に写真に撮っていた(も撮ってはいたが)。家人にとってはかなりの興奮ではないかと想像する。勿論、家人をに行かせる。
礼拝堂のドアの把手は先に握らせなければなりませぬ。

ドアを開けて入ると、下に降りる階段が。拝観料(と言っておこう。礼拝堂だもの)はその下で払う。全体は思っていたより小さい様な大きい様な。
タイルの絵は思っていたよりも大きかった。ステンドガラスから入るが美しいな。これがもっと晴れた日であったらもっと美しかっただろう。懺悔の部屋へのドアもマティスがデザインしたそうだ。細部のすべてがマティスによる。椅子に座ったり、歩いたりしてじっくり見た後、ショップに行って家人はいろいろお買い物。

rosaire_altar.jpgその間には昨日CDG空港からニースの空港まで一緒になった団体のご婦人方とも一緒になったりしてお話しする。ワタシはトイレにも行ったり。ここのトイレはショップの横にある階段を上がって、外に出て道路側の突き当たりにある。ワタシが行ったときは鍵が掛からなかったので要注意。ショップのマダム二人もいろいろ吟味する家人の味方になってくださったのか、いろいろフランス語で話しかけて下さる。ワタシのかなり拙いにわかフランス語でも役に立つのだ。そしてたくさんお買い物した家人にはとても素晴らしいおまけがあった。これは内緒。

rosaire5.jpgお買い物を済ませて、また礼拝堂に戻る。
礼拝堂にはフランスのどこかから来た高校生の団体。社会見学だろうか? シスターが説明してくださるのを我々も座って聞いた。ところどころ分かる。その後もイタリアから来た団体さんと一緒にまた説明を聞く。キリストの様々な場面の絵も流石、イタリア人は○○の時の絵だとすぐに分かる。キリスト教圏なのだなと改めて感心。二回聞くと何となくではあるが、少し分かった気になる。その後、またショップへ。二人のマダムはまた来たねと歓迎。その内の一人のマダムと話していたら、シスターは英語が話せるからと、シスターに説明をしてくれるように頼んで下さった。シスターは団体の時よりは簡単に説明してくださった。「3」という数字がキーワードであること。聖ドミニコには「」という文字が描かれてあること。我々が今まで雲だと思っていたふわふわの絵は花だということ。が最も美しいということ。他にもたくさんあったのに、忘れてしまった。メモでも取りながら聞けば良かった。。。礼拝堂に何時間いただろうか。家人はまだまだいたい様であったが、閉館の時間もある。シスター達にお礼を言って出た。

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ショップのマダムが家人に教えて下さったという、礼拝堂が下から見える道路に出た。途中、ドングリの木と葉っぱを発見。葉っぱはもう枯れていたけれど、その形が何かに似ている。マティスの絵に良くあるワカメのようなひらひらだ。礼拝堂のステンドにもあった。ワカメのようだなと思っていたのだが、もしかしてドングリの葉っぱなのかもしれないとも思えてきた(海の絵にあるのはドングリではないだろうが)。下からも堪能してバス乗り場に帰る。家人は本当はヴァンスに一泊したかった様だ。旧市街にも行きたかったようだ。が、来たバスに乗ってしまった。

100204_2319_cassis.jpgニースに帰ってから、スーパーマーケット「モノプリ」に寄る。簡単に見て回って、ケーキを買って帰る。その後夕飯。ホテル近くのピザ屋さんでピザ。フランス人が一人一枚のピザを食べていたので、我々も同じように2人で2枚のピザを頼んだ。が、多い。食べきれない。フランス人は馬力があるなぁ。体が違うんだなぁ。思い知った。悪いと思ったが食べられない。
ホテルに帰ってからケーキ。ピザは食べられなくてもケーキは食べられるのだな。ワタシが選んだのはカシスチョコレート。どっしりしていて味がしっかりしていて、大変おいしい。カシスとチョコレートが融合した、今までずっと夢に見ていた理想の味だ。大満足で就寝。お休みなさい。

2010年05月15日 (土)

2010・2月 フランス旅行・サンポール(2日目)〜その2

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続いて、サン・ポールの村へ。
100204_1147_petang.jpgサン・ポールは中世の町並みがそのまま残るところで、可愛らしいお店などが建ち並ぶ。いわば、日本の町屋を利用したカフェなどが並ぶところのようなもの。ちょっと観光目的なところがあって、そういう方向で開発しすぎるのも疲れることはあるにはある。サン・ポールはそれでもそんなに観光化されていないという。サン・ポールの入り口のバス停には有料トイレがあるが、町の中に無料トイレもあるので、町の中では安心。バス停から少し歩くと、ペタンク場がある。冬なのでゲームをしている人は少ない。ペタンク場の向かいにはなにやら面白い水場がある。飲み水(eau potable)も流れているので、昔の社交場か洗濯場、はたまた馬の水飲み場。何も書いていないので分からない。人もいないので聞くこともできない。

100204_1151_stpaul.jpgをくぐって、町の中に入っていく。小さな可愛らしいレストランやお店でいっぱいだ。もしかすると、そういうお店がない方が雰囲気がより良いかもしれない。お店よりそこに住む人々の暮らしぶりが見えた方が面白いかもしれない。が、ここには生活感が余り見えてこない。途中には噴水があったり、水場や水飲み場が数カ所ある。フランスは水道水も飲むことができるし、こうして湧き水(山水?)もあり、水に豊かなところなのですな。

100204_1216_view.jpg町を抜けて展望台に出た。今までの石の建物から一変、大きく開けた景色が見える。思わず「わー」と声が出た。大変美しい風景だ。遠くにはニースの海が見える。そして、振り返ると白い雪山が見える。あの雪山は方角からいってアルプスの何かだろうかとその時は思ったが、後でよく考えてみるとアルプスはまだまだ遠かった(^^;)。温暖な地中海と高い雪山が同時に存在するなんて思ってもみない景色であった。暫くその景色に見とれてしまった。

100204_1247_crepe.jpg展望台から町に引き返す。教会近くの無料トイレは清潔にされていて気持ちが良い。最後に門近くのクレープ屋さんでクレープを昼食代わりにする。なかなか無愛想なおじさんのようなおばさんが作ってくれた。ペタンク場のベンチで食べる。ワタシはレモンと蜂蜜にしたが、レモンの酸味が最後には辛くなってきてしまった。お向かいの例の水場で手も洗って、ヴァンスに行くバスを待つ。家人はバスの時間まで何かアイスクリームでもと買いに町に入っていたが、手ぶらで帰って来た。何故買わなかったのか、もはや覚えていない。

2010年04月30日 (金)

2010・2月 フランス旅行・サンポール(2日目)〜その1

100204_0743_breakfast.jpg朝食はホテルのバイキング。
大変、充実していて、貧乏性の我らはいろんなものを食べてしまった。お昼を食べなくても良いくらいだ。

この日はサン・ポールと家人最大の目的地であるヴァンスへ。まず、サン・ポール行きのバスに乗るためにバスターミナルへ。しかし、どのバスに乗れば良いのか、大変、分かりにくい。運転手さん達にサン・ポール行きのバスを聞いても、誰にも分からない。うーむ、自分の担当路線以外は分からないとは、なかなか良い感じですな。他の乗り場で探していると、子供を引率する中国人らしき先生がサン・ポール行きのバスを教えてくださった。「謝々」。が、次のバスまで時間があるので、家人はバスターミナル周辺をうろうろ。

100204_0938_toilettes.jpgワタシはトイレに行きたくなったので、バスターミナル内のトイレに行こうとしたものの、40セントを入れないと入れないトイレであった。生憎、そこまで細かいお金を持っておらず、インフォメーションのお姉さんに両替をしてもらおうとしたが、ここでは両替はやっていないと、つれないお答え。気を持ち直して、外にトイレを探しに出かけたが、マクドナルドも朝は開いていないし、困ってしまった。
家人が帰ってきたので、小銭を持っていないかと聞いてみる。40セントではなかったが、おつりが帰ってくるかもと儚い希望を抱いてトイレのコイン挿入口に50セントを入れてみるが、やはりダメ。
そうしていると、見かねたマダムが助けに来てくれた。まず、マダムはインフォメーションに両替を頼みに行った。が、やはり駄目なものは駄目。これにはマダムも閉口。その辺の乗客にも聞いてくださるが、誰も持っていない。すると、マダムは自分のお金を出して入れ始めた。
おぉ、マダム、メルシー。フランス人、親切だ。それもさり気ない親切。

100204_1049_stpaul.jpgサン・ポールに行くバスに乗り込む。
バスにはアナウンスがなく、バス停には次のバス停の名前がないので常にきょろきょろしてしまう。家人は写真撮影。お隣に乗り合わせたご婦人がそんな家人を見て笑う。
暫くすると、古い中世の建物ばかりで出来た山のようなものが出てきた。バス停の名前を見るとサン・ポールらしい。先に降りた人に家人が確認して降りる。

100204_1111_mag.jpgまずはマーグ財団美術館へ。
サン・ポールの村とは反対側、郵便局のところを山に向かって行く。なかなかの距離だ。やっと美術館の看板を見つけ、更に山の上に。美術館に着くが、人気がない。裏口みたいなところをどんどん進むと、建物の入り口らしきところに着いた。するとご婦人が「システム・トラブルで閉まっているのよ」。一歩たりとも中には入れない。ざ、残念。すごすごと帰ると、料金所のようなところにフランス語で「トラブルに閉まっている」というようなことが書いてある。事情を知って読むと、フランス語が何となく分かる。山を下りていくと、確かに「春にオープン」という看板があった。あぁ、事情を知って読むと解るフランス語。。。事情を知らなくても分かるようになりたいものだ。

2010年03月27日 (土)

2010・2月 フランス旅行・ニース着(1日目)

お昼頃のエールフランスに乗って直接パリに。実は前日エールフランスの便がどういう訳か欠航になっていたので少々心配であったのだが、何もなく飛行機は飛んだ。何故前日欠航になったのだろう。日本の他の空港からは飛んでいたので空港の問題ではなく、乗客が少なかったという理由かもしれない。うーむ。
12時間という飛行時間はワタシには初めてのことで、最近はタイへの6時間もしんどいと思うことがあったので、耐えられるかと心配ではあったが、想像していたよりは長くはなかった。初めての欧州への緊張感でもあったのだろうか。

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パリのシャルルドゴール空港にてニース行きに乗り換える。乗り換え地点まで歩いていくのだが、結構遠い。乗り換えによってはバスで行かなければならないところもあるようなので、この空港は広すぎる感もある。が、乗り換えまでの空港内デザインもなかなか洒落ていて、歩くのもそんなに退屈しない。途中、入国審査があり、国内線に乗るための持ち物チェックもある。そこではフランス人にいきなり「エキタイ?」と言われ、何のフランス語かと思っていたら日本語の「液体」であった。初め何のことか分からないという顔をしていたら、彼女らは「コリー?シノワ?」。「ノンノン、ジャポネーズ」。フランス語訛りの日本語も分かりづらいな。無愛想で謎の国内線チェックも終わり、やっと国内線ロビーに。これまた広々としたフロアーでなかなか快適である。が、我らのニース行きはシステムトラブルで1時間遅れ。一度飛行機に乗り込んだものの別の機体にするとのことで、一旦降りて、バスにて他の飛行機に乗った。

Paris

ニースへは約1時間半。途中には雪景色の山々が見える。ニースには21時頃に着いた。バスにてニース市内に向かう。が、そのバスに空港のどこで乗車するのか、そういう表示はどこにもない。到着ロビーから外に出て歩いていると出口から出て右に100メートル位行ったところにバスが停まっていたので乗り込む。4ユーロ。バスセンターで降りるつもりであったが、それがどこだろうと思っていたら、運転手さんに「ここがバスセンターだよ」と言われる。恐らく殆どの観光客はそこで降りるのであろう。言われるままに降り、そこからホテルを目指す。

Hotel Vandome「hotel vendome」。地図を広げて探していると、中年のフランス人夫婦に「どこに行くの?」と声を掛けられる。すぐに場所を教えていただいた。ニースについてすぐにこんな親切に出会うことが出来るなんて幸せなことだ。

ホテルにてチェックイン。受付の女性もすべてフランス語で説明してくれる。何なく大体分かるが、時に分からないことがあると英語で説明してくれる。あぁ、これがフランスかー。と思っていたら英語で「車ありますか?」。脳がもうフランス語になっていたので、それが英語とも分からずに「?」な顔をしていたら、フランス語で言い換えてくれた。答えは「non」。何だか嬉しくなった。

ちょっと小腹が空いたので、何かを食べに行くことに。受付の彼女に聞くともう殆どお店は閉まっているという。が、マクドナルドは開いているということで行ってみる。店内は日本のものとはまるで違っていて、雰囲気が開放的で、おおよそマクドナルドとは違う。店員も自分のスタイルの接客で日本のマニュアル化されたものとは全く異なる。あぁ、これがフランスかー。気持ち良いな。
ロイヤルチーズバーガーとコーラ。チーズがおいしい。日本のものよりおいしいぞ。
明日からは本格的にフランスだ。お休みなさい。

2010年03月14日 (日)

2010・2月 フランス旅行(行く前に)

2月、フランスに行った。ワタシは今までアジアばかり行っていたので、初欧州である。本当は一年以上前から家人とフランスに行こうかという話が出ていたのだが、何故だかなかなか決断ができずにいた。それが今回は本当に行くことにしたのだ。ワタシもラジオのフランス語講座で3ヶ月フランス語を勉強した。今思えば時間があったのだから最低でも半年、できれば一年勉強しておくべきだった。
2月という寒い時期にしたのは航空券が安く、仕事もお休みを貰いやすかったからだ。航空券もエールフランスのサイトで直接買うと思ったほどには高くなかったし(それもタイミングによるが)、ホテルも国鉄切符もミュージアムパスもインターネットで予め予約。便利になったものだ。今回はそうした準備等はほぼ家人がやってくれた。因みに家人は欧州は3度目。
今回の目的地はパリとニース。行ってきます。

2009年09月22日 (火)

2009 冬 平等院 + ニッポンガールズ・ライブ

11:45 PM

バレンタインデーの日、京都に出かけた。お友達のバンド、ニッポンガールズのライブが懐かしの京都「磔磔」であったので、その前に平等院にも寄った。

平等院は中学の修学旅行以来である。覚えているのは、池を挟んで阿弥陀如来様のお顔を拝んだだけ。それ以外は全く覚えていない。14、5歳だというのに、何も覚えていないものですな。

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今回は京阪宇治駅より宇治橋を渡った。宇治川というのはなかなか流れが速く、とても遊んだり出来そうにもない要注意の川だ。幅が広く、傾斜もないように見えるのだが、川も侮ってはいけないな。参道はお茶菓子やお茶を取り扱っているお店も多く、和風グッズもよくある参道よりも控えめな感じで良い。

表門から入る。何の見覚えもないので、中学時代には駐車場からすぐに入ったのかもしれないな。暫く歩くとすぐに鳳凰堂が見えてくる。鳳凰堂は美しい造りですな。繊細で細部にまで意匠が行き届いているのが見て感じ取ることができる。鳳凰堂の周りにはすぐに池があり、その池を挟んで鳳凰堂を臨めば、鳳凰堂中央にある穴から阿弥陀如来様のお顔が見える。鳳凰堂内部も300円の拝観料追加で決まった時間にツアーで拝観することができる。内部には雲中供養菩薩像が天を舞っているかのように配置されている。どの像も大変愛らしい。

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この鳳凰堂内部拝観のチケットの柄がとてもキレイだなーと思っていたら、ミュージアムにはそんな柄を使った物がたくさん。こちらのミュージアムグッズはちょっと心躍る物が多い。なかなか趣味が良いですぞ。鳳凰堂、鳳凰、阿弥陀如来、雲中供養菩薩像、壁の模様などを美しくグッズに使ってある。どれも思わず欲しくなるものばかり。

そうして、心を躍らせていて、ふと気づいた。鳳凰堂内部拝見チケットの柄は鳳凰堂内部にかつて描かれていた柄である。色鮮やかで大変美しく、心躍る模様。よく考えてみると、鳳凰堂建設当時はそうした柄が壁一面にあり、そんな鮮やかな空間にたくさんの雲中供養菩薩が浮遊し、極楽浄土はこんなにステキなところなのですよと民衆に説いていたはずだ。特に平等院は周りに池があり、まるで水面に浮いているかのような様子であるし、今も残る柱の朱色から想像しても、酔いしれてしまうような浄土の再現ではなかっただろうか。日本の神社仏閣、特にお寺などは古い建物も多く、わびさびの世界で、枯れた感じが胸に静かに安らぎをもたらしてくれるのだが、建設当時はそうではなかったはずだ。平等院に今回来て、初めて思った。建設当時の人々には「わー♪」という感覚だったのだと。平等院のミュージアムグッズには建設当時の様子をCGで再現した写真集があるのでその感覚を感じることができるかもしれない。(購入しなかったのが悔やまれる。通販してもらおうかな。いや、もう一度行きたいな)

参道では「抹茶の里」なるお菓子を購入。これはとてもおいしいお菓子で、今後も食べたい、お土産にも喜ばれるもの。ただし、参道ではお店によって値段が違うので、それにがっかりしたくない場合は出来るだけ平等院から遠いお店で買うのが良いかもしれない。が、それに期待しすぎると、扱うお店を大きく行き過ぎ、駅も近くなり、戻るのが億劫になる危険性もある。

Nippon Girls

平等院で思わず興奮してしまったが、ライブに行くため、河原町に向かう。磔磔には昔何度も行ったのに、道をすっかり忘れてしまっていた。家人が地元の方に尋ねてやっと分かった。ニッポンガールズは和楽器に長けた6人のガールズによるバンドだ。みなさん、演奏技術が高いので質も高く、聞くのも安心だ。後で聞くと、頻繁に会って合わせるのではなく、それぞれにアレンジを考え短期間で合わせるのだとか。うむー、高い技術を持つ方々ならではですな。ガールズは皆さんお着物で美しく、可愛らしい。ただ、残念だったのは、バレンタインデーだったので入場時に渡されるはずだったチョコレートを我々にはライブハウスのスタッフが渡し忘れたことである(^^;)。
平等院もニッポンガールズもまた行きたいな。

2009年09月05日 (土)

2008・秋・正倉院展

05:27 PM

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初めて正倉院展に行った。八角鏡 平螺鈿背が公開されるのでそれを第一目標として見に行った。八角鏡 平螺鈿背は我が家人の祖父が美術教師時代に高校生にデッサンさせたことがあるらしい。高校生にこれをデッサンさせるとは無茶だなと思いつつ、それを素直に実践する生徒さん達もなかなかの肝いりである。

さて、その日は休日であったので奈良国立博物館に入るまで長蛇の列であった。小雨も降る日で、列が出来るところには白テントが設置してある。そのテントに落ちた枯葉を下から眺めると何とも美しい。思ったほど長時間待つこともなく、テントの枯葉や鹿などを見て、中に入っていった。

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中も多くの人で、特に八角鏡 平螺鈿背の周りは人で一杯であった。みんなこれが見たいのだな。と、思ってふと顔を上げると、みのもんた氏が。後で聞いた話だが、この日、みの氏が訪れるというので多くの人が来たのだとか。他の日はここまで混んでいなかったらしい。みの氏、来るならこっそり来ておくれ。が、みの氏にはお付きの学芸員が説明されていたので、近くに居ると耳よりなことも聞くことが出来た。

八角鏡 平螺鈿背は美しいものですな。他にも美しいものがたくさん。ペルシャや唐から来たものなどなど。正倉院に保存してあるのですなぁ。これらを保存することは大変なことですなぁ。期間中は正倉院も無休で公開されているらしい。我々はそれを知らずに正倉院展だけ見て帰った。

列に並んだり、人だかりの中、見たので大いに疲れ、この日は中谷堂のお餅をちょっとだけ頂き、旅館「白鵬」にある「かふぇ・みます」にも寄らずに、大仏プリンだけ購入し、早々と家に帰ってしまった。勿論、奈良駅までにある JA でジャムを購入して。次回も行きたいな。

2009年08月30日 (日)

2009・冬・和歌山市への旅

11:24 PM

2009年、年が明けてから和歌山市に出かけた。和歌山はワタシと家人にとってポイントが高い県の一つである。今回、やっと和歌山城に行くことができた。

JR で和歌山に向かうと、途中峠のようなところを抜けたり、海に近かったりと車窓も大変面白い。和歌山駅地下にある観光案内所にて地図をもらってから、和歌山城に移動。家老屋敷跡などのある通りを通りたかったが、道を多少間違えてしまったかもしれない。そのうちにお堀に出て、岡口門から天守を目指した。途中、ランニングする高校野球部員にも出会う。「こんにちわー!」。高校生の挨拶。おぉ、新鮮だ。小学生の頃はワタシも登下校では出会うすべての人に挨拶をしていたが、和歌山城でそんな学生さんに出会うとは思わなかった。そして、遅れて挨拶を返す自分を恥じる。天守に続く道は割とゆったりしていて、穏やかな感じだ。本丸に行くと、周りに曲輪(くるわ)が巡らされており、それは小さいがお城というものがよく分かるのではないかと思った。本丸を後にし、南海・和歌山市駅へ。本当は再建された御橋廊下も渡ってみたかったが、時間がなかったので、断念。

和歌山市駅に行く途中で昼食。
昼食は和歌山ラーメン。この日は運悪く雨であったので、駅に行く途中にあったお店に入った。味は普通でありましたな。しかし、そこにあった早寿司(鯖鮨)に感動。和歌山ではラーメンと一緒に早寿司を食べるのが普通だそうだ。それで麺の量も少なめなのだとか。ワタシはラーメンをご飯と食べるというのは余り好きではないが、早寿司と食べるのはアリだ。

食後、南海和歌山市駅へ。
ところで、今までお城で出会った高校生以外、余り人に会っていない。雨だからだろうか。日曜日だからだろうか。何だか寂しい。
そして、南海加太線にて加太へ。この電車も緑を抜けて走ったり、海が見えたりと楽しい。そして、各駅が可愛らしい。特に加太駅は造りも面白いし、駅員の方も大変親切である。まずは温泉に入るため何とタクシーシーサイドホテルに向かう。いくら雨模様とはいえ、ちょっとばかり遠いとはいえ、近距離をタクシー移動するとは我々も大人になったものだなぁ。こちらの露天風呂は道路を挟んで海が臨めるので気持ちが良い。

その後、近くにある淡島神社を訪れる。
この神社は人形供養でも有名で境内には所狭しと人形が並んでいる。その画はなかなかの迫力である。その日もダンボールでぬいぐるみを供養しに来られた人がいた。こちらの参道は短いのだが、サザエや海の幸を売っている。食べることはしなかったのだが、商売気が薄く、控えめな感じでほのぼのする参道だ。それから、徒歩で加太駅に向かい、帰路についた。帰りの和歌山駅でお土産ものなどを購入。「梅グラッセ」なるものを購入してみたが、うーむ、梅の砂糖漬けだ。お土産には他の物が良いかもしれない。

華岡青洲の家にも行ってみたいし、和歌山市周辺にも行ってみたいところがたくさんある。和歌山、また行きたいな。

2009年07月26日 (日)

2008・秋・鳥取砂丘+香住+餘部鉄橋

11:49 PM

鳥取砂丘

気温も程よい秋の日、日本海側に行った。JTB の旅行券一万円が当たったので、それを利用して旅物語の「さよなら餘部鉄橋と絶景かすみ海岸遊覧船と鳥取砂丘サンドミュージアム(日帰り)」バスツアーに参加したのだった。初のバスツアーに参加したのだが、うむ...目的地まで連れて行って下さるのは便利だが、やはり我々には大変不便であった。中にはバスツアーに慣れた方々もいらっしゃり、昼食などもさっと終えられ、その合理的行動に感心さえしてしまった。

さて、まずは鳥取砂丘へ。
着くやいなや、参加者全員で写真撮影。出発するときに写真を購入するシステム。我々はそれを生計の一つにしている方には申し訳ないが、買うことは決してない。砂丘ユニオン2階のレストランで昼食後、ツアーに付いている「サンドミュージアム」観賞。世界中の世界遺産のいくつかが砂で作られている。上手だけれど、本物でなければやはり哀しい。ここは見ないで砂丘に直行した方が良かったと後悔。初めて見る鳥取砂丘は思っていたより広かった。時間がなかったので海まで行くことは到底出来なかったが、その大きさは十分に感じ取られた。次回は海まで行ってみたい。そして、梨ソフトクリームは結構おいしいので、是非。

次の目的地は香住港
ここから三姉妹船長で有名な「遊覧船かすみ丸」に乗船し、香住海岸見物。この日はが少々荒く、船が苦手な方もおられ、海から餘部鉄橋を望むことができるポイントまでは行くことができなかった。残念。が、日本海らしい海を感じることが出来たし、かすみ海岸も興味深いが多く見られた。太平洋側とはやはり違うな。港にはイカ釣り漁船なども停泊していて港の様子も興味深かった。三姉妹ともお別れして、カニ販売所へ。カニのお味噌汁を無料で頂くこともできる。おいしいな。我々は何も買うこともなくうろうろ。

そして、最後の、そして最大の目的地。餘部鉄橋へ。餘部鉄橋はその老朽化から掛け替え工事が行われている。新しい橋は2010年に完成予定だ。
今の鉄橋の行方はまだ検討中なのであろうか。
近くに住む人々は残さないで欲しいという意見もあり、ちょっと離れたところの住民からは残して欲しいという意見もあるという。海が近いので塩分で錆びていく為に、その問題は大きいのではないだろうか。

さて、餘部鉄橋
遠くから見ても美しく壮観。下から見ても美しく壮観である。餘部駅は鉄橋と同じ高さにあるので、山の中腹まで結構な距離の山道を歩かなければならない。雪の時期には大変であろうなぁ。そして、夜などは少々怖いかもしれない。皆さん、写真撮影タイム。この時点では見晴らしポイントは既に行くことができなくなっていた。マナーの悪い観光客もいるようなので、みんなで気をつけたい。

そうこうするうちに列車がやって来た。
ワタシは駅で待ちかまえ、家人はやや下から見上げる形で待った。高い高い鉄橋を渡ってやって来る列車。しかし、列車だけに注目していると、それが鉄橋だということが余り分からなくなってしまう。山の中の駅に入ってしまうともはや普通の駅と列車。これはやはり下から見上げて拝むのが正解のようだ。

駅を後にする。
昭和61年の列車転落事故で鉄橋の下にあった水産加工工場で働いていた方々、乗客の方々、車掌さんが亡くなられたりケガをされたりした。その慰霊碑があるのでお参りをして集合場所に戻った。?。残っていたのは我々二人だけ。皆さんをお待たせしてしまった。あぁ、ツアーは不便だ。
その後、我々のために閉めるのを待って下さっていたお土産物屋さんで(添乗員さんが急遽手配。添乗員という仕事は本当に大変だ)つまめる物を購入して帰った。

初バスツアー。目的地までの移動の心配がいらないので楽だけれども、楽しくない。旅というのは目的地まで苦労していくのも含めて旅なのだな。どうやっていくか、ああでもない、こうでもないと考えるのも旅なのだな。
しかし、旅行券が当たったら、また参加するのではなかろうか。

2009年07月12日 (日)

2008・秋・スリランカ展

東京国立博物館で開催されていた「スリランカ展」に行った。
スリランカにはタイにいた時、ビザを取得しに3度行った。当初はコロンボのタイ大使館でもダブルの観光ビザなど簡単に取る事が出来た。それが徐々に厳しくなり、3度目では大使との面接もあり、シングルしか取る事ができなかった。それが10年以上も前。今ではもっと厳しくなっているとか、いないとか。

スリランカは本当に美しい国である。素晴らしい歴史と素晴らしい自然。人も良い感じ。勿論、どの国においても嫌な部分があるのは普通のこと。旅行者を騙す輩もいるが、そんなにエグさがない。もう十数年も行っていないのだな。内戦も終わったようだが、武力で押さえたので、問題がすべてなくなった訳ではないと思っている。国内にある問題はまだまだある。

さて、スリランカ展。義母と二人で行ったわけだが、スリランカの博物館でも見た記憶のないものがあって、十分に堪能できた。まぁ、スリランカに行ったのが遥か昔なので、何を見たかしっかり覚えていないのだが。スリランカの仏像も独特な形である。昔、スリランカ人に仏像はその国の人の顔に似ると言われたが、スリランカ人の顔にはそんなに似ていないと思う。本当は残念なことなのだが、人が少なかった。お陰でゆっくり観ることができた。入り口にはムーンストーンが置いてあった。ガラスの下にあり、直接踏むようにはなっていないが、靴のままでムーンストーンを踏む形になっているのは、やはり憚られる。

ミュージアムショップでは購買意欲をそそられる物が多くあり、一人興奮してしまった。
東京ではスリランカ・フェスティバルなるものもあるそうで、大変羨ましい。おいしい物は特に思い出せないけれど、スリランカのお米の味が忘れられないな。そして、今まで食べた物のなかで最も辛いものが、コロンボで食べたカレーであった。涙が出て来る程の辛さで、知り合いのスリランカ人は平気な顔で食べていたな。。

スリランカ展に行って、少しだけスリランカに行った気になったのであった。

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