2007年02月04日 (日)

久々の韓国・四日目(その2)

11:29 PM

次の場所とはオリンピック競技場。そこで「the bud rock concert」というジョイントコンサートが行われるのだ。紫雨林も出演する。紫雨林は今では家人が好きなバンドの一つということに我が家ではなっているが、元々はワタシが十何年も前の韓国旅行で彼らの1st アルバムをジャケット買いしたことから始まっている。今では家人の方が大幅に熱心である。今回の韓国旅行は、ワタシが連休と絡めて何とか休みが取れた日程で行く事にしたので、決してこのコンサートがある日を狙った訳ではない。だから、彼らの演奏が聞けるのは大変、幸運なことだ。この日程の中でたまたまこんな幸運で、家人にも本当に良かった、良かった。
場所はフェンシング競技場。五輪公園はコンサートも多く行われるのか、別の競技場でも何かの公演があったようだ。そういえば、初めて韓国旅行した10年以上前、今回もお世話になっている友達と初めて会った時、誘われて何故かサンタナのコンサートを観に五輪公園に行ったな。。。
今回のコンサートはジョイントコンサートで、何組かが出演する。この公演ことをその友達に話すと、紫雨林以外はもう余り人気がない過去の人みたいなことを言っていた。が、会場は多いに盛り上がっている。どのバンドも人気が凄い。見た目の感想だけ言えば、学生のバンドのようなノリで、プロ臭さがないというか。それでも人気が全国的にある/あったというのが不思議な気もする。出演バンドはネル、トランスフィクション、デイリースパイスなど。他にパワーメン5000。トランスフィクションはその風貌からか学生バンドのような感じはなく、パフォーマンスしているバンドで印象に残る。ほかにもコミックバンドみたいなのも、いろいろ出て来る。疑問が残るバンドもあったが、それでもみんな盛り上がっている。
さて、お待ちかねの紫林雨。最近、日本に来ないので、とんと観る機会がなかったので、久々の生演奏体験である。他のバンドに比べて、出て来た時の歓声もひときわ大きい。新しいアルバムが出て間もない、タイムリーなコンサートである。次がリスト。
1. You And Me
2. Hey, Hey, Hey
3. Oh, Mama!
4. Magic Carpet Ride
5. HAHAHASONG
あぁ、未だに「hey,hey,hey」をやっているなんて。「magic carpet ride」をやっているなんて。もうこれらの曲はやらなくても良いのではないかと思うのだが。それよりはもっとロックな曲をやって欲しいものだなぁ。しかし、新譜はなかなか良かった。前作はつまらなかった。日本で活動を始めて、日本語の曲を出したり、日本語訳を付けて販売したり。分かる。が、日本語の曲には魅力が少なかった。わざわざ日本語にしなくても、オリジナルの韓国語の方が遥かにカッコいいのに。今回のアルバムはそういう姿勢がなくなったし、紫雨林らしさが出たのではないか。どの曲もどこかで聞いたような気はするものの、久々会心の作ではないか。それでも、最高傑作は「恋人」であると思うが。
ユナ氏も結婚されたのだが、どうもマダムっぽい空気が全身から漂ってきていた。
また、日本ではちょっと気負った感じがユナ氏にも見受けられたりするが、韓国ではそれもないので気持ちが良い。でも、たまには日本に来てコンサートをして欲しいなぁ。久々の公演体験も喜ばしいことではあるが、5曲ではやはり物足りない。ユナ氏も家庭があるとなかなか難しいかもしれないが。
紫雨林がお客さんも一番盛り上がっていた。その証拠にそれまでかなり緩かった撮影チェックも途端に厳しくなった。会場に入る前にカメラチェックもないのだが。紫雨林が終わるとお客さんの多くが帰って行った。うむ、妙にほっとしたりして。
最後はファランのpower men 5000 というバンドでセッティングにも時間を取り、スペシャルゲストの模様。残念ながら我々は知らない。折角の紫雨林の余韻が台無しになるといけないので、早々に会場を出て行った。
また地下鉄で宿の辺りに戻り、夕飯。が、お酒を飲む訳でもなく、軽い食事をしたい我らにちょうど良いところがなかなか見つからない。結局24時間開いているような食堂に入った。期待はしていなかったが、案外味は良かった。
明日はちょっと郊外へ。今日も疲れたな。

2007年01月28日 (日)

久々の韓国・四日目(その1)

今日はソウルに宿を移すことにしていた。家人も待ちに待っているコンサートもあり、帰りが遅くなると、やはり友達にも悪いと思う。また、竜仁市とソウル間の移動は2時間くらいは掛かってしまうので時間が勿体ないのだ。
いつものように友人宅にあるものを適当に冷蔵庫から出して朝食を食べる。出かけるその前に友人からの頼まれ事をした。友人は娘に韓国語以外に英語も日本語も学んで欲しいらしく、平仮名とカタカナのカードを作って欲しいという。泊めてくれたお礼も兼ねて家人と作っていった。

いつものバス停まで旦那さんが送ってくださる。友達と娘とはお家でお別れ。本当に感謝へ〜。また来るよ。その頃にはもう娘も話せるようになっていることだろう。ペンパルから始まった友人だが、手紙だから書けることもたくさん書いて来た。会う事はなかなか出来ない友達だけれど、かけがえのない友達の一人だ。次に会えるのはいつだろう。彼女と家族の幸せと健康をいつでも祈っている。。。

バスで一路ソウルへ。YMCA前で降りて、歩いて旅館「新進荘」へ。ここは家人が独身の時に利用したことのある旅館で、二人になってからも利用したことがある。ちょっとした定宿でもある。ワタシが独身のときは他の旅館に一人で泊まった事もあるが、大抵は友達の所にお世話になっていたので、韓国に行ってもソウルであるならば、余り旅館経験はないのかもしれない。

韓国の物価は思いのほか高くなっており、それは宿泊費もそうである。新進荘も以前は1万5千ウォンだったが、今回は2万5千ウォンにもなっていた。以前とは経営者も変わったようだけれど、今のアジュンマはとても愛嬌のある人で、鍵を貰って部屋に向かうとすると、呼び止めてミカンをくれたりする。それに、普段はあるはずの宿帳への旅券番号書き込みも何もない。良いのかな。

荷物を部屋に置いて出かける。まずはお昼ご飯。「チヤボル」というマンドゥのお店に行く。水マンドゥとククスを頼み、二人で半分ずつ食べてみた。水マンドゥが大変おいしい。ククスは普通。ククスは案外普通の粉食で食べた方がおいしいのかもしれない。この店は人気なのか、お昼過ぎにも関わらず、ひっきりなしにお客は入ってくるし、日本人客も多かった。

興礼門この日の第一目的地は「景福宮」。
守門将交代式があるというので、まずそれを見に行った。興礼門の前に行くともう既に終わりかけていた。式が終わり衛兵の格好をした人が門の所で警備に付くと、人々がその横で記念写真を撮ろうとする。その間も衛兵役の人は微動だにしない。さぞかし、うっとおしいのだろうかと考えながら、ちょっと離れたところから撮影。これでは同じだ。。

興礼門ところで、この交代式が行われるところは、以前旧朝鮮総督府庁舎があったところだ。初めてワタシが韓国に行った時にはまだあり、博物館であった。まぁ、その10年以上も前にすでに美術品の移動は始まっていた。日本帝国時代の建物であるから解体も普通のこととワタシは思っていたが、それを今回友達に話すと、彼女はそれも韓国の歴史の一つであるから、あっても良かったのではないかという意見であった。なるほど。しかし、庁舎がないとだだっ広いですな。

景福宮興礼門を抜けると勤政殿がすぐに見える。荘厳ですな。石畳に並ぶ石碑の様なものは官位を表すものでそこに整列したのだとか。以前行った時には知らなかったが、今回は「長今」の豆知識で分かっていた。分かってみると感慨深いものである。
その後も広い景福宮を歩く。どこにも人が多い。水原の宮殿とは大違いだ。。この日は他にも行くところがあったので、全部を見るのは無理と判断。が、今回絶対に見たいものがあった。それは景福宮の中の乾清宮である。そこは閔妃が日本公使らによって殺害されたところだ。閔妃については長くなるので割愛するが、その場所をちょっと見てみたかったのだ。だが、そこは残念ながら工事中であった。うむ、また次回に繰り越しか。。。
本当は他の宮殿も家人に見せたかったが、時間がない。今回はこれだけになってしまった。時間がないのが本当に残念である。

三清洞広い宮殿を抜け出て三清洞に向かう。この辺りは近年人気があるところだという。以前も韓国の伝統的家屋が多いところなので、ふらふらしたことはある。そこが、今、オサレなカフェやお店がある場所として若者に人気があるのだ。我々も行ってみた。が、残念なことに行き過ぎていた。日本でも町家などを改造してカフェなどにしているところが多いが、行き過ぎると悲壮感にも似た残念なことになるのだなと感じた。韓国の若者もこぞって集まっている。人でいっぱい。写真を撮る人も多い。しかし、これで良いのだろうかと疑問に思ってしまう。昔からの家屋は美しい。できたら、そのままであって欲しい。が、それも外側からの感傷でしかないのだろうか。

次の目的地に行く前に休憩しようということで、仁寺洞に行く。ここも人でいっぱいだ。伝統茶を飲もうとするが、人が多くて、入られるお店を探すのにも時間がかかった。「伝統茶院」に席を見つけ入る。伝統茶を人でいっぱいの、がやがやした中で飲むのは何だか寂しい。棗茶と五味子茶、そしてお菓子を頼む。一杯6000ウォンくらいだ。あぁ、高いなぁ。一杯700円以上の飲み物なんて。
時間がない。次の場所に急がなければ。

2007年01月20日 (土)

久々の韓国・三日目

suwonこの日は割とゆっくり。前日も夜遅かったので、少しゆっくりして夕飯は友達と一緒にすることにした。
遅めの午前中に竜仁市のお隣、水原市に。水原市は世界遺産の華城があるところだ。友達の家の前のバス停からバスに乗り込み、水原駅に向かう。バス停辺りの風景を頑張って覚えようとするも、何だか覚えられない。バスで行くと割とすぐに城郭が見えて来た。水原駅まで行くつもりだったけれど、駅まで行くとまた引き返すことになるので途中で降りて歩くことにした。城郭に沿って歩く。すべて歩くと3時間は掛かるそうだ。城郭がずうっと続くのだけれど、それだけでも重厚な感がある。城郭の外には遥か遠くまで近代的なビルが立ち並び、水原市も郊外に大きくなっている都市なのだなぁと思う。また何年か後にか来たら、もっと遠くまでアパート群が建っているかもしれない。

suwon更に歩いていると、料金所の中から「水原市民の方ですか〜」と女性の声。写真撮影しながら歩いていた家人を待ってから料金所に行くと、1万ウォンとのこと。もしかして城郭の外を歩いていたら呼び止められないのであろうか。ここは市民の憩いの場所、散歩の場所でもあるので、多くの市民が散策・運動していた。市民は無料なのであろう。我々観光客は世界遺産を維持するためにも料金はちゃんと払わなければなりませぬな。ついでに、そこで華城行宮への近道を教えてもらう。

suwon華城行宮はこれまた「大長今」が撮影された場所でもある。ここにも例の撮影シーン説明文が各所にある。そこで知ったのだが、子チャングムが試験を受けたいから一晩中水桶を持って立っているシーンはここで撮影されたそうだ。うむー、結構、このことに感動。あのシーンが思い起こされる。ここにはドラマで使われた衣装も展示してあり、間近でみることができる。画面では良く分からなかったけれど、生地には同色の刺繍が施してあり、なかなか良い布が使われている。この発見もちょっとした収穫である。この場所には華城の古い写真も展示されていた。恐らく、朝鮮戦争後ぐらいの写真ではないだろうか。荒れ果てた華城の様子が見て取れる。現在はとてもきれいに整備されており、随分修復を重ねたのだなということが分かる。

suwonそろそろ城郭から出ようかと歩いて行くと、まだ城郭を出ていないのに民家やお店が現れて来た。城郭の中に生活があるとは何だか面白い。スリランカでも遺跡群の中に民家を発見した時は感動したものだが、それにも似ている。八達門はちょっとしたロータリーにもなっているし、世界遺産と同居しているみたいな。

銀行で両替を済ませて昼食へ。水原はカルビで有名だとあったのでガイドブックに載っていたお店に行こうとする。地図で見るとそんなに遠くもなさそうなので歩くことにしたのだが、すぐに迷ってしまった。この地図は噂通りに当てにならない。どうも距離感が違うのだ。途中で市民に聞いたのだが、二人目に聞いたお兄さんなどはお店に電話までして場所を確かめて下さった。本当に感謝ハムニダ〜。

やっと目的のお店「カボジョンカルビ」に着く。15時頃になっていまったのでお客さんはいない。我々の後に二組入って来たが、どちらとも日本人で店内は日本人ばかりになった。恐ろしやガイドブックの力。我々は一人分1万6千ウォンの定食を頼んでみた。韓国料理には様々なキムチや箸休めみたいなものがたくさん出てくるのだけれど、味は今ひとつ。キムチは家庭のキムチがおいしい。特に友達のお母さんのキムチは最高においしいので、お店のものとの差を強く感じてしまう。肝心のカルビ。うむ...。我々が年に2回くらい気合いを入れて行く近所の焼き肉屋さんの方が数倍おいしい。これは予想していたことではあるが、ちょっと哀しくもある。

昼食を終えて家路に。お店でバス停を教えてもらってからバスに乗り込む。帰る時にはもう降りる場所も何となく分かってきた。
バスを降りてから家の近くてホットック屋台を発見。一人一つ買って食べてみると大変おいしい。なかなかない味である。食感といい、味といい、申し分ない。こんなにおいしいホットックはない。特に家人は気に入った様子。残念なことにここ以上においしいホットックに出会うことはこの後なかったのだが...。

友達の家に着くとメモ書きが。「子供が熱を出したのでクリニックに行ってきます」。携帯電話に連絡しようとしたが、公衆電話が壊れていてどうにもならない。近所をうろうろしてから家の前で座って待っていたら、やっと帰って来た。子供も少し落ち着いたみたいだ。
家に入ると、家人は疲れたのか眠ってしまった。友達が夕飯を準備してくれる間、ワタシは子供のお相手。友達曰く人に懐かないらしいが、柿を一緒に食べていたら何だか懐いて来た。ワタシの韓国語でも理解してくれるのが大変嬉しい。絵本を読んでとも言ってくる。かわいいなぁ。
家人を起こして一緒に夕食。今日も疲れたな。

2007年01月14日 (日)

久々の韓国・二日目(その3)

05:23 PM

Yangju, Koreaチャングム・テーマパークを後にしたものの、バス停に行ってみると何となくバスが行ったところの気配。待っても待ってもくる気配はない。本数が少ないので、行かれる人はテーマパークの入り口でアジョッシにバスの時刻を聞いてから、バスの時間を考えた上でテーマパークを楽しむのが良いと思われる。
バス停にいるのは家人とワタシ二人だけ。始めはそれでも太陽があったので良かったが、日暮れも近く次第に寒さも増して来た。バス停は自動車整備屋さんみたいなところにある。家人は近くのお刺身屋さんでバスの時刻を聞いてきたようで、まだ時間はたっぷりある。あぁ、寒い、寒いと身を震わせていると、整備屋のご主人が事務所に入りなさいと声をかけて下さった。あぁ、ありがたい、感謝ハムニダ〜。最近はテーマパークに行く人も多いようでだが、シンガポールや香港の人とは何だか違うから交流しにくいけれど、日本人は似ているから良いなど仰る。世間話をあれこれしていると、バスがやって来たことを息子さんが知らせて下さった。我々がバスに乗ったのも見届けて下さり、本当に感謝ヘヨ〜。

Uijeongbu, Koreaさて、バスに乗って「駅までいくらですか?」と聞くと、日本語で運転席の後ろに座りなさいとのこと。「?」。すると、運転手さんは日本で働いていたことがあるとかで日本語も大変上手。堺にいたことがあるとか。後日、検索してみるとこの運転手さんのことを書かれた方もあり、この運転手さん、日本人と見れば後ろに座らせて会話しているようだ。が、これまた親切な方で駅までずっとお話して、駅に着いたら、本来は後降りなのに前から降ろして駅がどちらにあるかまで教えて下さった。そして、この運転手さんはなかなかの男前さんであった。

Leeum Museumそこから電車を乗り継いで、サムソン美術館「leeum」へ。ここは家人が行きたかったところである。普段は予約制らしいが、木曜日の夕方以降は予約なしで良いらしい。韓国伝統美術と国内外の近現代美術もある。けんちくも有名だそうだ。建築家は余り詳しくないので家人にこちらは任せることにして...。韓国伝統美術の方が見応えがありましたな。朝鮮王朝末期の企画展も良かったですな。建築のことはよく分かりませぬが、韓国伝統美術館の建物が気に入りました。何だか、巻貝の中にいるような気持ちになりました。気持ちよく観ることもできました。時間が余りなかったのでざっと観ましたが時間があればゆっくりと観たいところであります。

美術館を出て家路に。この日は地下鉄とバスを乗り継ぐことに。プンダン線のミグム駅でバスに乗り換え。しかし、このルートは初めてなので花屋のお姉さんにバス停の位置を尋ねる。バスにも乗り、降りるところがまだ把握出来ていなかったので、運転手さんに「××に着いたら教えてください」と頼んでおく。Yongin, Korea夜間の初めてのルートではあるが、昨夜友人の家に行く途中に見たものを発見。そろそろであることが分かる。が、降ろされたところは正しいバス停の一つ手前。うむ...。

バス停一つ分を歩き、友人の家に。夕飯もまだだったので途中にあった屋台でマンドゥとトッポッキを買って帰る。この屋台のお姉さんはなかなかの美人であり、また親切であった。帰りは23時頃になってしまった。今日も疲れたな。

2006年12月31日 (日)

久々の韓国・二日目(その2)

大長今テーマパーク「チャングムテーマパーク」はソウルの北、楊州にあるMBCの撮影所にある。チャングムの撮影が行われたところがすっかり観光地化されているのだ。そこに向かうにはまず地下鉄1号線の議政府北部駅で降り、そこからバスなどで行く。歩道橋を渡ってバス停に行く。30番のバスで行くという情報だけ知っていたのだが、どうやらそのうちの数少ない数本しかMBS方面には向かわないそうだ(「ゴルフ場行き」に乗ればよかったようだ。そこまで覚えていなかった...)。バス停には日本人らしきカップルが一組おられ、ちょうどそこにタクシーの技師さん(韓国ではこういう)が15,000ウォンでどう?と来られた。うーん、と考えていると、ワタシと家人、そしてもう一組のカップル二組一緒に乗って、一組7,000ウォンで良いと言い始めたので、4人で合意してタクシーに乗り込んだ。が、今思うとせめて12,000ウォンに交渉しておくんだったと後悔。。。

撮影所に着くと、ゲートで一旦停止。料金所のアジョッシがどこの国の人か聞いて来る。技師さんに日本人と聞くと、料金と交換に日本語のパンフレットを手渡してくれる。車に乗ったまま料金支払いができるのですな。入場料は5000ウォン也。

大長今テーマパークさて、降りると、あら〜♪あるではないですか。まずは出演者の手形で作られたレリーフのようなものがお出迎え。それをさらに行くと宮殿の正門みたいなところから入って行く。おぉとハン尚宮様が駆け寄り、抱き合うシーンの場所ではありませんか。様々な場所に代表的なシーンの写真パネルがあり、説明文もある。こんなに狭いところで撮影していたのだなぁ。水刺間なんて本当に狭い。また、同じ場所で様々なシーンが撮影されているのだなと分かる。建物の裏側は勿論暗い。が、そうした場所でもいろんなシーンが撮影されている。ライトというのはありがたいものだなぁ。狭くても広く見えるように工夫もされている。例えば、例の長今とハン尚宮様がそれぞれ母の親友・親友の娘であることを知り駆けて行くシーン。勿論セット内ではあっと言う間だが、様々な場所をつないで広い宮中を駆ける感じがある。

大長今テーマパーク王様とミン・ジョンホが弓を射る場所も驚くほどに狭い。こんなところで弓を射っては弓が木々に当たるではないかと思うほどだ。木の下に隠された甘酢がある東屋の柱には日本語を始め、中国語、アルファベットで落書きがしてあり大変に残念。中にはタイ語の落書きまであった。ここでは酢のことばかりが気になり、長今がお母さんの手紙を隠したところをチェックし忘れてしまった。

見て回った後にはお土産屋さんへ。本当は扇子が欲しかったのだけれど、店員に聞いてもなかったので、書物型メモ帳1500ウォンを購入。余り期待していなかったのだけれど、開けてみたら、韓国語、中国語、平仮名の3種類で「オナラ」の歌詞が書いてあったので、ちょっと感動。ただし、メモ帳として使えそうにもなくなった。

大長今テーマパーク撮影所を見て回り、現在日本に帰って思うこと。行った時には「あぁ、こうなっているのか」「こういう感じか」「ここがあれか」という気持ちが強かった。が、今日本に帰りまた「大長今」を見ると、「あ、ここはあそこだ!」と感慨が一層深い。実際に撮影所を見ているので撮影した場所や角度などがよく分かる。よく分かった今、もう一度撮影所に行き、一日掛けて撮影の時のカメラ位置で写真を撮りたい、家人に正しい位置に立ってもらって撮りたい。などなど、ドラマを見ながらより一層また行きたいなどど思ってしまうのだ。撮影所はいつかは壊されてしまうであろうから、この願いが叶うかどうかは分からない。

この日はもう一つ行く目的地があったので、撮影所も名残惜しいが帰ることに。
あぁ、もう一度、もう一度行きたい。

2006年12月17日 (日)

久々の韓国・二日目(その1)

友達の家にはカーテンがない。サンスクリーンのような薄い物はある。が、我が家のように完全遮光の中で眠る我らには光が眩しくて目が覚める(本来はこうして太陽と共に目覚めるのが健康的なのかもしれないが)。昨夜は夜だったので周りが見えなかったけれど、改めてアパートの周辺も見てみると、ベッドタウンだというのがよく分かる。畑の真ん中に乱立するアパート群。この辺も以前は田園地帯だったようだが、ベッドタウン化が激しい。韓国にはこうして同じような高層アパートがいくつもいくつも建っている。昔から韓国らしいと思って見て来たが、それがさらに郊外へと広がっている。

2日目は楊州のMBC撮影所に早速行くことにしていた。今回の目的をまず果たさなければ。友達の家を早めに出ようとしたけれど、ラッシュアワーだからと諭され、遅めに出かけた。竜仁市からソウル中心部までバスで1時間半。途中、バスの中で地図を広げっていたら、ネット新聞社に働くという紳士に声を掛けられた。しばし歓談・互いに写真撮影しているとバスに酔ってしまった。友達の家にいると甘えてしまって英語の方を多用していまうが、外に出ると韓国語だけ。実は韓国に出かける前に少し韓国語をやっておこうとしたのだが、結局やらなかった。何年も話す機会はなかった。が、話してみると案外忘れていたような韓国語も浮かんでくる。おぉ、気がつかないうちに頭が韓国語仕様に変わっているみたいだ。自分にちょっと驚く(笑)。

楊州に行く前に鐘路の「永豊文庫」に寄って、「the bud rock concert」のチケットを購入しておく。今回、これを狙った訳ではないのだが、幸運にも紫雨林も出るジョイントコンサートが旅行期間中にあったのだ。あぁ、(家人のためにも)良かった、良かった〜。
無事チケットも確保し、食堂で家人はキムパプ、トッポッキ。ワタシはチョルミョンを食べて今回の第一目的地「チャングムテーマパーク」へ向かう。

2006年12月10日 (日)

久々の韓国・一日目

11月末、久々の韓国旅行。23日が祝日で25、26日はお休み。金曜日と月曜日にお休みを貰って海外旅行に行くことにした。が、短いので、家人と話し合い、今回は韓国ということになった。また、このごろ我が家は「大長今」で盛り上がっており、人気も下火になれば「大長今テーマパーク」は取り壊されるので行くなら今なのだ。

航空券は18900円。関空使用料2650円、仁川空港は3400円(!)、燃料費は4600円に保険料600円。航空券以外が高いな。が、希望の時間帯で取ることもできたのでまずまず。

さて、仕事を1時前に終えて急いで関空へ。電車で行くと途中岸和田城なども見えてくる。機内では「大長今ダイジェスト」をやっていたのでそれを楽しむうちに、あっと言う間に仁川空港。

仁川空港は何だかだだっ広いな。両替も済ませ、夕食を摂る。空港でキムチポックンパブやチャヂャンミョンなどを食べるけれど、高くておいしくない。。。空港で夕食を食べたのは友達の家に泊めてもらうので食事を済ませておこうという気持ちであった。
その友達は韓国人で20年来の友達である。20年も前、日本の音楽雑誌のペンパル募集コーナーに彼女の名前が載っていたのだ。それにワタシが手紙を出した。初めて会ったのは10年目くらいであっただろうか。手紙で互いのことはよく知っていたので、初めて会うのに初めての気がしなかったものだ。

友達の家は竜仁市にあり、そこまでは空港バス。友達は最近引っ越しをして初めて行くところでもあるのでバスの運転手さんに着いたら教えてと頼んでおく。が、着いてみたら運転手さんのアナウンスで実に簡単に降りることができた。
そしてバスを降りると友達の旦那さんが車で迎えに来てくれていた。旦那さんとは7年ぶりくらいに会う。お互いに「パンガウォヨ〜」と再会を喜ぶ。

韓国らしいベッドタウンみたいなアパート群のひとつにある家に着くと、友達と1歳になる娘が迎えてくれた。人見知りが激しい娘も交えながら、近況報告。友達の旦那さんと我が家人は初対面である。あぁ、久々に会えて本当に嬉しいな。友達も旦那さんも変わっていない。娘も大変に可愛らしい。あぁ、本当に嬉しいな。
明日に備えてこの日はこれでお休みなさい。

2006年11月19日 (日)

滋賀/川端ツアー

08:21 PM

新旭町もう一週間前にもなるのだが、滋賀県は高島市、新旭町の川端ツアーに参加した。

川端(かばた)とは湧き出る水を家に引き、生活用水として使っているもの。
母屋の隣にあったり、離れのようなところにあったり、各家で様々だ。川端は家の敷地内にあるので、普段は見られるものではない。が、このツアーに参加すると見ることができる。
参加費は2000円とバス代の440円。

12時半に集合してお金を払ってからツアーは開始。20数名だったのでバスはすぐにいっぱいになった。また、この日は生憎の雨であったが、雨の日に出かけることは余りないので、雨の琵琶湖を見る機会にも恵まれたと言える。

まず、驚いたのは別荘群である。ログハウス風の別荘がたくさん建っているのだ。土地も売却済の札が立っている。その様子はまったく異様で、その土地と自然を荒らしているとしか見えないのだ。ガイドさんも言われていたように、琵琶湖にはびこる外来種が陸にもやって来たようなものである。あぁ、誰が土地を売っているのだ。町はこれを止められないのだろうか。百歩譲ってもあのくだらないログハウス風はやめてほしい。琵琶湖に合った建物にしてほしい。条例でそういうものを作れば、そこを別荘にして買おうなんて人もいなくなるかもしれない。もうこれ以上別荘は増えてほしくない。誰が買うのだ。何を考えて荒らすのだ。

川端そして川端。ざっと10軒くらい見ただろうか。
美しく澄んだ水が引かれている。この水は夏冷たく、冬暖かいそうで、その川端そばに蔵のような貯蔵庫を構えることが多いそうだ。それは水の温度が一定なので保存に適しているそうだ。

川端には鯉を飼っているところが多い。例えば、お釜を洗って出るご飯粒などを食べてくれる。ここに小さな共存がある。ちょっと狭いのが鯉には気の毒かなとは思うが。川端の中には瓶のようなものが置いてあり、それは引いて来たきれいな水を溜めるところ。

川端そのまわりが池のようなところで鯉が住んでいる。工夫がされているのだ。また、これがずっと生活に密着していることも素晴らしい。
町の水路には梅花藻も揺れる。鯉も住む。鯉は人が来るとエサが貰えると思い、寄ってくる。何と穢れのない鯉か。

ツアーが一通り終わると公民館の様なところでご飯が出る。ツアーに込みである。煮物や天ぷら、魚など大変おいしい。佃煮のお土産まである。食事中には葦笛の演奏もあり、至れり尽くせり。フナ寿司などのお土産販売もある。
滋賀県も何度か訪れ、このところ最も惹かれている県である。どこに行ってもゆったりできるし、暖かくなる。行けば行くほど惹かれてしまう。湖西線と琵琶湖線も行き来が簡単になったことだし、敦賀にもあっという間だ。また、行きたいな、滋賀県。

2006年10月16日 (月)

秋、行かねば、行かねば。

余所の日記にも書いたのだが、この秋はお出掛けだ。あぁ、近畿にも素晴らしいところが多いなぁ。
まず。
1・難波の宮・遺跡ツアー
   これは9月末に参加。大阪歴史博物館の地下には難波の宮遺構が一部残され、 公開されている。日に何度か学芸員さんがガイドしてくださるツアーがあり、 そのうちの一度は40分の長いもので、それに参加。 難波の宮の様子がよく分かる。学芸員さんが案内してくださるので、一人で見ても分からないことを教えてくださり。途中で質問も出来る。大阪に住んでいても難波の宮のことは府民にもなかなか知られていないのではないだろうか。 ワタシも玉造神社に行く途中遭遇し、「はて、これは」と全く知らなかった。大阪も一時首都であったわけで、その遺構は大変興味深い。このツアーは無料で、博物館に行かずとも参加可。みなさんも是非どうぞ。

2・「太閤背割下水」と「大阪城地下石垣」
 こちらはつい先日参加。公開の日が決まっていたためだ。下水道は豊臣時代に建設されたもので、現在も下水道として使用されている。南中江小学校のところで見せてもらった。 当時からなかなか立派な都市整備がされていたのですな。 下水が下に染みこまないような現代的加工がしてある以外はそのまま。これが今も残り、ちゃんと使用されているなんて なんと素晴らしいことでありましょうか。

もう一つは大阪城の地下石垣。 昭和30年頃に本丸でボーリング調査を2箇所したところ、 たまたま石垣のようなものが出て来たので 調査したところ7m下に石垣が出て来たのだとか。 その翌年には大工頭の家から豊臣の大阪城図が出て 照らし合わせると、豊臣の大阪城の石垣であることが判明。 井戸状に掘られた下に石垣の一部があり、上から覗いて来た。 普段、そこはトタンの蓋で閉められており、 以前から何だろうと思っていた井戸のようなものの下は 石垣だったのだ。おぉ〜。 一気に、豊臣の大阪城の上に立っておるのだ〜、 おぉ、時代を超えている〜と一人盛り上がってしまった。 これは一度は見ておくべきものではないだろうか。現在の徳川大阪城の地盤と石垣。そして、昭和の鉄筋大阪城(平成の修復あり)。時は流れるですなぁ。
あぁ、城が近所にあるというのはいいものですなぁ。

インターネットでお買い物

最近はインターネットでお買い物をすることもちらほら始めてしまった。初めてインターネットでお買い物をしたときは、ちょっと緊張もしたものだが。といっても、まだ5回位しかしたことはない。日用品であったり、大変重宝している山忠の足首ウォーマーだったり。
少し前にインターネットで初めてCDを買った。店頭ではなかなかないものであったので、仕方ない。最近はCD自体、余り買わなくなってしまい、店舗にもそんなに行かないこともあり、インターネットで購入するのは便利でもある。
さて、買ったのは Toyah の「warrior rock (toyah on tour)」とMarc Almond の「mother fist and ger five daughters」。どちらもずいぶん前のものである。
Toyah のは実は一度はレコードで買ったものである。Toyah は当時は奇をてらった感があったので、それほどには好きではなかったが、一応押さえておかねばと買ったライブ2枚組であった。が、そんなに聞かなかったので売ってしまったのだ。それが最近どうしたことかToyah の曲が頭の中を回っていて、ずっと店頭で探していた。が、店頭にはどこにもなく、それどころかToyah コーナー自体ないことが多かった。そこでインターネットで探してみたら輸入盤としてあった。それもかなり安い。Toyah のライブはラジオなどで何度か聴いたことがあるが、このライブ盤は割と気に入っている。ドラムのせいだろうか。
もう一方、Marc Almond の「mother fist and ger five daughters」。Marc Almond の最高傑作とも言われているらしかったので購入。これもなかなかよろしい。mambas も結構好きだったので、これはAnnie Hogan の賜か。これにも、これ以外にもmarc almond の作品にannie hogan は多数参加している。ワタシ個人では彼の最高傑作は今のところ「the stars we are」である。自分のアルバムベスト10にも入る。
あぁ、インターネットでは店頭にないものも比較的簡単に手にはいるのだな・・・。

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